A. Copland 「What to Listen for in Music」を読む

コープランドの「What to Listen for in Music」(2011版)を、原文と日本語訳の両方を見てゆきます。

「Copland On Music」を読む 1.The Pleasure of Music (at UNH in April 1959)

The Pleasure of Music 

音楽の愉しみ 

【1959年4月 ニューハンプシャー大学特別講義シリーズより】 

 

私は自分のことを作曲家だと思っている。音楽評論家とは思っていない。と、まぁ、こんなことから話を始めようと思う。皆さんにとってはどうでもいいことかもしれない。なにせ私はこれまで、音楽に関する本を何冊も出版しているのでね。しかし私にとっては、この区別は重要なのだ。なぜなら、もし音楽評論家だとしたら、楽器の音(独奏でも合奏でも)の刺激で心も体も揺さぶられることなどなくて、自分が取り組んでいる音楽芸術を、言葉で表現することに快感を覚えるだろうからだ。理由は上手く言えないが、とにかくそうなのである。私は作曲が主であり、物書きではない、ということをまずは頭に入れて、これから書くことについては、作曲家の目線で視てゆこうと思う。そうすることで、出来る限り沢山、芸術としての音楽を体験する様々な愉しみを、自分以外の人達と分かち合いたいのである。 

 

音楽が愉しみを与えてくれる、なんてことは当たり前。当たり前だけに、これを話題にするのは幼稚、聴衆とは何かを話題にした方がいいのでは?と言う方もいるかと思う。ところが、そもそも音楽の愉しみとは何か、私達人間の持つ「音楽的本能」とは何か、となると、幼稚でも何でもない、ということは、ご納得いただけるだろう。それどころか、人間の意識というものの第一の謎なのだ。音波が耳の鼓膜に当たると、「脳ミソに浮かぶ神経刺激のボレー(テニスやバレーボールの打ち合い)」を引き起こし、愉しい気持ちになってくるのはなぜか?それより何より、私達はこの「神経刺激のボレー」が何なのかをキチンと理解できるからこそ、音楽が創り出す幻影 - 素直な気持ちに満ち溢れている本能の世界 - その中で過ごしてきたような気分から、整然とした音の刺激に乗ってそこから抜け出せる、これはなぜなのか?そして、ゆったり座ってぼーっと音楽を聴いていると、心臓がドキドキして、頭に血が上って、足踏みまで始めて、頭は流れる音楽について行こうとし始め、このまま上手く行ってくれたらいいのに、と思っていたら流れが変わり、肩透かしを食らって気分を害したり、運よく上手く行ってくれたら、嬉しくなって有り難い気持ちになっておとなしくなる、これはなぜなのか? 

 

 

部分的には答えは出ていると思う。音の物理的な研究は、かなり進んでいるからだ。しかし音楽の、表現手段として、またコミュニケーション手段としての現象は、依然として説明がつかないことが残っている。私達ミュージシャンは、多くは望まない。たった一つだけ、調査係を雇って調べさせたいこと、それは、演奏会会場の客席A列に座っている男は演奏にしっかりハマっているのに、ガールフレンドの方は殆ど、あるいはまったく引き込まれないのはなぜなのか(その逆ならその理由も)、である。どこかのマメな大学教授が、音楽の感受性をテストする方法を開発してくれたら、練習に掛ける膨大で無駄な時間をどれだけ節約できることか!この、音楽を好きになる気持ちについて、ある人たちのそれが非常に興味深い形で目に見える形になっていたケースを紹介しよう。これは、ある電子オルガンメーカーのショールームを訪ねた時のことである。見学コースの一部として、練習室へ案内された。そこの様子に驚いた。一人ではない、八人ものやる気に満ち溢れているオルガン弾き達が、せわしなく、同時に練習している。一番驚いたのは、その場に音は全く聞こえず、それぞれが自分の楽器にイヤホンをつけ、自分の音を確かめながら弾いていた。私としては同じ音楽家として見ても、不可解な光景である。いい大人たちが夢中になって、まるで姿の見えない精霊にでも取り憑かれたようになっているのだ。その日、私は気付いた。私達ミュージシャンは、耳がカギとなる動物であり、私たち以外の音楽にそれほど縛られない人々から見ると、きっと同じように「こいつら何かに取り憑かれている」ように見えるのだろうな、と。 

 

音楽というものは、聴くだけでも人間に影響を与えるのだから、ある程度の力量を備えてこれを演奏するとなると、その影響はさらに大きなものになる。16世紀エリザベス王朝の時代は、教養ある人なら、楽譜が読めてマドリガルという合唱で自分のパートを歌えるのが当たり前、と見なされていた。現在は、「音楽は聴くだけ」という人は数多くいるが、これは比較的新しい現象であり、それもかなり革新的なことなのだ。私が若い頃だって、「音楽愛好家です」と自称する、ということは、自分で作曲したり演奏したりするとか、あるいは、相当なお金と手間をかけて、演奏会場に足を運ぶことを意味していた。今や状況は一変してしまっている。音楽はどこにいても触れることができるだけに、逆に頼みもしないのに耳に入ってくる。皆さんの中には、銀行で手続き中にブラームス交響曲なんかがずっとBGMとしてかかっていても気にしない、という方もいるだろうが、私は耐えられない。他の人が名曲を聴きたいと思ってかける時間と同じ長さの時間を、私は逆に頼みもしないのに耳に入ってくることから逃げ回ることにかけているのが、実際の処だと思っている。理由は単純。中身の充実した音楽を聴くのなら、キチンと集中するべきで、私の場合は、それを受け入れなければ、という気分にならないと無理なのだ。何か他のことに集中している最中に、耳の保養だと云わんばかりにうわの空で音楽を使うなど、心を込めて曲作りに励む作曲家にしてみれば迷惑千万なのだ。 

 

というわけで、この本で私が参考曲として取り上げるものは、皆さんには集中して聴いていただきたいものばかりである。実際、「芸術」音楽などと銘打たれ、軽音楽や歌謡曲と区別されている。この「芸術」という言い方が発生した経緯については、分かっていないようだが、この言い方が不十分なものであることは、大方の意見が一致する。この言い方では全てを説明し切れない。確かに非常に多くの場合、「芸術」音楽は真面目であるし、時にとんでもなく真面目だが、ウィットに富んでいたり、ユーモアに溢れていたり、皮肉が効いていたり、冷ややかに笑うようであったり、グロテスクであったり、他にも実に多くの特徴がある。そういった特徴が多いか少ないかによって、規模の大きな音楽作品の、芸術的な完成度に関して、それが「芸術(真面目な)」作品になるし、そしてある程度その完成度の判断に影響を与えるのが、実際の処なのだ。 

 

いわゆる「芸術」音楽は、近年、世の中の人達から大いに受け入れられるようになっている。しかしこの「芸術」という言い方自体、一般大衆にとっては、何だか奇妙で物凄く難しいもの、という印象だ。これはプロのミュージシャンのせいだとされている。永久に秘密にされてる、例えばフリーメイソンの入会儀式のようだ、という。こんなのは誤解も甚だしい。プロもアマチュアも、音楽の聴き方は同じだ。それも実際、大したことのない方法だ。なぜなら、リズムとサウンドの魅力だけを基本的に味わおうと思うなら、何よりも無駄のない洗練された音楽こそが、誰もが魅力を感じるからだ。アマチュアの人が、私達プロ秘伝の音楽分析法、と思っていることに関して、敬意を示してしてくれることは、プロのミュージシャンにとっては素直に嬉しい限りだ。しかし正直に白状すれば、私達プロもアマチュアの方々も、音楽の聴き方は基本的には同じである。なぜなら音楽は、余計なことを考えず素直に音楽を聴いている人々の反応を見れば分かる通り、私達の心にストレートに飛び込んでくるからだ。 

 

音楽というのは、ダンスの様なものを除いて他の芸術とは違って、ものすごく簡単なレベルの理解でも、そしてものすごく難しいレベルの理解でも、同時にその愉しみを与えてくれるものだ、というのが私の意見だ。例えば、音楽の流れに乗っていく喜び、というものは、誰もが理解し感じ取れるものだ。私達が音楽を好きになる気持ちというのは、こういった前に進んでゆく躍動感と関係がある。別の言い方をすれば、作曲家の知恵をフルに発揮し、音楽を聴く愉しみに火をつけるのは、この「音楽の流れ」という感覚を創り出し、それが曲の組み立てにも関係してきて効果を生むことにある。音楽が前に進み続ける躍動感というものは、二つの相反する魅力を生み出す。一つは、「間」を埋めることで時間の流れそのものをストップさせるかのようにみせること。もう一つは、これと同時に、大きな川のような圧と勢いで私達の目の前を流れ過ぎるような感覚を生み出すこと。音楽の流れを止める、ということは、時間の流れをとめるようなものであり、とんでもないことで尚且つ有り得ないことだ。人前での演奏中は、こういった音楽の流れがとまる、というのは、突然大災害だの大事件でもない限り起こり得ない。勿論、ミュージシャン達は練習中はこういった演奏の中断というのはしょっちゅうやらかす。しかし彼らは、好き好んで演奏の中断をやらかすわけではない。本番中そんなことが起きたら、聴衆は信じられない気持ちになってステージをじっと見つめることになる。私はこの光景を、毎年夏に開かれるタングルウッド音楽祭で、ボストン交響楽団の公開リハーサルが行われるが、そこで目にしてきている。毎週大勢の聴衆がやってきて、舞台上に居る指揮者が突然演奏をストップする瞬間を目の当たりにするのを、楽しみにしているように、私には思える。良くないことが起きたから演奏をストップするのだが、その内容と理由は誰にも分らない。でも演奏の流れはストップし、そうすると客席全体が驚きに包まれる。分からなくても、それが目当てで集まった客席の聴衆である。そして彼らは演奏が再開されれば、演奏の流れを愉しみ、「全てこの世は事もなし」と言わんばかりの安心した表情を輝かす。これを見ても明らかな通り、音楽を聴く人の愉しみは、やはり音楽の持つ牽引力にあるのだ。更に上を行く音楽ファンにとっても、この時間の隙間を埋め尽くし、前へと牽引する力にこそ、音楽を愉しむ意味が詰まっているのである。しかし彼らの場合、それは、音楽の行き先はどこか、その行き先へと向かわせる音楽心理学上の要素は何か、行き先に辿りついた時にはいかにキチンとした仕上がりになっているか、こういったコンセプトが演奏にそなわっているかが欠かせない条件なのである。 

 

音楽の流れは、その大半がリズムが創り出すものだ。そして音楽ではリズムの要素こそカギとなるもので、いくつもの段階で音楽の魅力を同時に発生させる役割を持つ。一部のアフリカの民族にとっては、リズムとは音楽のことであり、それ以上でもそれ以下でもない。しかしそのリズムが大変なのだ!何の気なしに聴いていると、耳をつんざくような打撃音でしかないかもしれないが、実際は、鍛え上げられたミュージシャンの耳でないと、複数のリズムが複雑に絡み合ったものを紐解いて理解することはできない。こんなリズムを思いつく脳ミソというのは、その世界での洗練さというものを兼ね備えているのだ。これを「原始的だ」と評するのは、間違っていると私は思う。それと比べて、私達自身が本能的に演奏するリズムは、単におとなしいだけのように思える。時々は、活性化が必要だ。 

 

19世紀終盤のヨーロッパ音楽は、リズムの面で比較的新たな試みが少なくない。このため、ストラヴィンスキーはヨーロッパ音楽に対して、私が言う処の「リズムの注射」をチクリと打つことができたのだ。彼の1913年の衝撃作・「春の祭典」は、初めて聞いた人たちのとっては、正真正銘、リズムの怪物であった。でも今となっては、演奏会レパートリーの定番となっている。これを見てわかるように、私達のおジイさんの世代をビックリさせたリズムの複雑さを、理解し愉しもうという、人間が進歩したのだ。しかも、これにはまだ終わりは見えていない。若い世代の作曲家達は、人間の手が演奏しうる限界ギリギリに迫っており、かつ、人間の聴く力の限界を超える多様なリズムを手掛けている。残念ながら、神様が下さった聴く力は、限界を超えさせてくれない。しかし、その限界にたどり着くまでに、掘り起こせるものはまだまだ沢山ある。マーチだ、マズルカだ、と作曲してきた輩が、夢にも思い付かないものが、まだまだ沢山ある。 

 

誤解のないように言っておくが、私は昔に作られた素晴らしいリズムの発明を、何も見下してはいない。14世紀の名もなき作曲家達が手掛けた、素晴らしく妙なるリズムは、ほんのつい最近になってようやくひも解かれたばかりである。東洋風に繊細な変化のついたリズム、イギリス・チューダー朝時代の作曲家達が丹念に工夫を凝らした話し言葉に基づくリズム。この諸々のことや、ジャズを彷彿とさせるようなインプロバイゼーションの効いた野性味のあるリズムだの、もっと他にもあるかも知れないが、間違いなく全てが、音楽の第一の愉しみとされていた。 

 

音色はもう一つの音楽の基本要素である。初心者から上級者まで、様々なレベルで愉しめる。子供でも、フルートとトロンボーンの音色の区別はつく。人それぞれ、この楽器はこういう音色だから好きだ、というのがあるものだ。私の場合、あの、フレンチホルン八本が一斉に吹く時の、豪華な黄金の響きがたまらなく好きだ。最近一部のヨーロッパの作曲家達が、今頃になってヴィブラフォンに興味を示し始めたようである。色々な楽器の音色は、作曲家達の素晴らしい工夫により、響き合う調和をもつアンサンブル(規模が大きくなればオーケストラ)として組み合わされると、組み合わせ可能な選択肢が無限に広がってゆく。私が言うまでもないが、合奏曲を作るにあたっての、楽器の組み合わせを考える作業は、科学的な側面もあれば、直感的な側面もあり、意欲的に作曲に取り組む者にとっては無限の魅力を感じさせてくれるものだ。 

 

楽器の音色の組み合わせを作り上げてゆくことは、作曲家としての醍醐味の一つだと私は思う。これは、音楽の専門家でない方をドキドキさせる最高の能力だ、と、ここ数年私は申し上げている。ここで頭に入れておいてほしいことは、私達作曲家は、各楽器を組み合わせる前に、一つ一つを部品としてキチンと吟味している、ということである。オーケストラのスコア(総譜)を見てみよう。各ページとも、楽器を仲間ごとに「楽器群」としてくくっていることに気付く。上から順に、木管楽器金管楽器、打楽器、そして弦楽器、だ。現代のスコアの組み方は、こういった楽器群を、お互い対比して配置することにより、それぞれの楽器群としての個性がハッキリ良く分かるようにしている。このやり方は、楽器「群」でなく単体であっても同じで、純粋な色彩の響きが、そうすることでハッキリ良く分かるようにしている。楽器のアンサンブルやオーケストラのノウハウは、それぞれの楽器がお互いを邪魔しないように保つことにある。お互いに距離を置くことで、個々の楽器、あるいは個々の楽器群にあたえられている、特定の色彩感の価値が最大限活かされるよう、最低限でも同じ音域の楽器(群)同士が同じことを繰り返さないようにするのだ。 

 

通常、現代は、オーケストレーションの目的は、響きのイメージをハッキリ良く分かるようにすることだ。でもある種、ハッキリ良く分か「らない」の効果を使う、もう一つのオーケストレーションのマジックがある。ちょっと聴いただけではどのような楽器の組み合わせになっているのか分からないような手法は、演奏の魅力を一層深める。「この作曲家、何をしでかした?」と思わず叫びたくなるような、珍しいサウンドが私は大好きだ。 

 

オーケストレーションの技術について述べてきたが、皆さんの中には、オーケストレーションとは作曲家が楽しむゲームでしかないのか?と思ってしまった方もいるかもしれないが、勿論、そういうことではない。音楽の色彩感とは、絵画と同様、作品が表現することに働きかけねばならない。作品が何を表現するか、こそが、作曲家が合奏体をどう組み立て行くかの方針になるのだ。 

 

音楽において、色使いに神経を研ぎ澄ます愉しみの一つは、作曲家の個性が音色の組み立て方を通して明らかになってゆくことである。例えば、フランス印象派全盛期のこと、作曲家のドビュッシーとラベルは、同じ様な性格だと思われていた。この二人のオーケストラの総譜を見ると分かる。ドビュッシーの特徴の一番は、色をちりばめた玉虫色、それまでになかった繊細で官能的な響き。一方ラベルは、ドビュッシーと同じような色のパレットを使いつつも、優雅さ、折り目正しさ、宝石の様なまばゆさ、といったものが、ドビュッシーと比べた場合の彼の客観的な性格といったものが、音楽に現れている。 

 

音の色彩感は作曲家によって異なる。なぜなら、音の色彩感には、作曲家の性格が表れるからだ。その解り易い例が、何度も書くが、ストラヴィンスキーである。彼は初期のバレエ作品では赤だの紫だのをイメージさせる刺すような音色を楽譜に彩り、ここ10年くらいは(1960年)禁欲的で無表情な音が、聴き手の背筋を凍らせるような音色を彩る境地に達している。この真逆の例として、リヒャルト・シュトラウスのオーケストラの総譜を見てみよう。独自の名人技が光るが、音を重ね過ぎていて、ガッツリ盛り付けるドイツ料理のようになっている。今のアメリカ人作曲家達全体の、自然体で解り易いオーケストレーションの手法は、アメリカ人のキャラと、シンフォニックな作曲法との相性が元々よいことを示している。専門的な知識がなければ、オーケストラの総譜の持つ複雑さを見抜くことはできない。しかし、これを科学的に分析することなどできなくても、音の色どりを満喫することはできるのだ。ここのところを何度も書いておきたい。 

 

ここまで、音楽の愉しみについて、全体的な話をしてきた。ここからは、具体的な作曲者を例に挙げて、音楽的価値がどのように異なっているか見てゆこう。ボストン交響楽団の指揮者だったセルゲイ・クーセヴィツキー(故人)がしょっちゅう言っていた「作曲家が居なければ、指揮者など文字通り、何も弾けないし歌えもしない」。彼が口をスッパくして言っていたことだが、当たり前すぎて見過ごされてしまっていることがある。それは、西洋音楽では、音楽とは作曲した人の声を映し出すもの。そして、曲に触れれば、当時の作曲者の声でその頃の話が聴ける。これこそ、聴く人と演奏する人の愉しみの内の、半分を占める、ということだ。ここから出発しないと、音楽芸術の一番大事な愉しみの一つである「作曲者との、強くて、飽きの来ない絆」を、結べなくなってしまう。 

 

というわけで、コンサートホールでも歌劇場でも、これから聴く曲は誰が作ったのかが、とても重要だ。そして、これは私の感じていることだが、音楽を素直に楽しもうとする方々にとっては、音楽は音楽であり、生演奏でもオーディオでも愉しむ上では、音楽的価値など関係ない、ということ。でもプロはそうはいかない。これから聴く曲を作ったのは、モンテヴェルディ?マセネット?、あるいは、バッハでも、セバスチャンの方か?クリスチャンの方か?作曲家とその作品に関する情報を頭に入れておけば、その作曲家特有のメンタルな部分を理解できる。私はそう思うのだが、どうだろうか?私にとっては、ショパンスカルラッティは、いっしょくたに考えてはいけないものである。皆さんはどうだろうか?いずれにせよ、作曲家の数だけ音楽の愉しみ方がある、という私の考えは変わらない。 

 

嫌いな作曲家だ、と思った時にも、ひねくれた愉しみ方というものもある。例えば私の場合、最近たまたま聴いてイラッとしたのが、今人気の作曲家、セルゲイ・ラフマニノフである。正直な話、彼の交響曲にせよピアノコンチェルトにせよ、あの演奏時間の長さにはウンザリする。あくまで私の考えだが、あれだけ音符を最後までズラズラと並べて聴かせるか?という感じだ。私には、ラフマニノフの音は、ハッキリと鬱(うつ)病気味と分かる、自分が可愛そう、自分が一番、というのが特徴である。同じ人間同士としては、不安にさいなまれるアーティストがこんな音楽を作るなんて、と同情するが、音楽を愉しみたいと思ったら、たまったものではない。彼の器用さは認めるが、作り方が当時でも時代遅れ。歌心のあるメロディをあれだけ長く作る能力も認めるが、余計な飾りが多くて、内容が薄っぺらで軽い。まあ、アンドレ・ジッドの言葉をここで持ち出すまでもないと思う。それに、私がラフマニノフを受け付けないかどうかは、どうでもよいことだ。話を戻すが、私の言いたいことは、作曲家の数だけ音楽を愉しむツボがあり、よほど強力なリアクションでもない限り、賛成意見も反対意見も、それに振り回される必要はない、ということだ。 

 

反対に、作曲家の間でも根強い人気の、ジュゼッペ・ヴェルディについて触れよう。曲のことを全く考えず、彼の人となりを思い浮かべただけでも、私は愉しみを覚える。正直さと素直さがアーティストというものを引き立てるというなら、ヴェルディはその最高の例だ。彼が書き残した手紙を読んでみて、その筋金入りの無骨さを垣間見ることができるのは、至福の喜びである。音楽の達人の一人として、たくましくてノイローゼなどとは無縁の性格に触れれば、心を洗われ、自信がわいてくることだろう。 

 

私が学生の頃は、ヴェルディの名前を出すことは、あまり賢明とは思われていなかった。交響曲の分野ではもちろん、ましてはオペラの分野でも、無敵の大御所・リヒャルト・ワーグナーと同じにするなど論外、というわけだ。エリート連中に言わせれば、ヴェルディは古臭くてありきたりで許せない、という。確かに、ヴェルディは古臭くてありきたりだ、と思われることもあるだろう。それはワーグナーも同じこと。長ったらしくてオモロイことない、と思われることもあるだろう。ここに一つ教訓がある。私達は、クリエイティブアーティストが発信するもののうち、明らかに「欠点」とされるものでも、やがてはこれを受け入れてゆくものなのだ。音楽の歴史がこれを教えてくれる。ブラームスは小難しい、シューベルトは退屈だ、マーラーは大げさね、などと初めて聞いた人々は我慢できなかったわけだが、次の世代の人々が、こういった天才達の行き届かない点は、それを上回る魅力に免じて受け入れてやろうと、何とか我慢してくれたのである。 

 

ヴェルディはありきたりだ、と思われることもあるだろう。それは皆さんもご存知の通り。しかし彼の魅力は、誰にも負けない位に熱い誠実さなのだ。ハッタリもなければ、小細工もない。小品から大作まであらゆる規模において、彼の作品の中では「無意味さが無い」クオリティに出会うことができる。直球勝負の表現、無駄な音符のない清潔な記譜、抜群の効果、とくれば、ウケ狙いの「最高の厳選素材」など、ヴェルディの作品には不要だ、と私達は喜んで評価すべきだろう。そして当たり前だが、実は素材が「厳選」で「最高」となれば、その成果は、彼の飾り気のない楽譜の持つ当たり前の良さによって、2倍に引き立つというものだ。 

 

ヴェルディの作曲家としての人生は半世紀以上に及び、その間、彼の作品の音楽界における重要性と、音楽的手腕の洗練さを、着実に向上させていった。彼の伸びしろは、音楽史上並ぶものが無い。彼の作曲家としてのキャリアは、控え目に何となく始まり、やがて「椿姫」や「アイーダ」が世界中に知られ、ついには音楽界が息をのむことになる、彼の80年の人生の集大成「オテロ」そして「ファルスタッフ」へと続く。この栄光に満ちた足跡をたどるのも、また楽しいものである。 

 

人間の欠点を作曲に持ち込まない作曲家に、最も近い所に居るのは誰か、といえば、多くの人が選ぶのではないか、と思われるのが、ヨハン・セバスチャン・バッハであろう。バッハ、この18世紀ドイツの巨匠に対する全人類の尊敬の念。これほどリスペクトされている作曲家は、ほとんどいない。アメリカはバッハを敬愛するべきだ。アメリカ人はよく、バッハは最高だ、というではないか。最高ではないにしても、これに並ぶ作曲家というのは殆どいない。彼の珠玉の作品の数々が、これほどまでに人を感動させる要素は何か?私もかなり長い間考えてきたが、今のところ私としては、この問いに満足な回答を出せる人はいないと思っている。一つ間違いないのは、彼のスゴさは、代表作を挙げるというやり方では説明できない、ということだ。それよりむしろ、当時の常識的な手法を組み合わせてゆき(一つ一つが完璧な状態で)、それが彼の全作品に成熟した最高の完成度を与えた、と考えるべきだったのだ。 

 

バッハの才能の凄さは、彼の良く知られている音楽活動の実績を見渡しても、これを推し量ることは不可能だ。彼は生涯、仕事の受注に応じて曲を書いた。メロディのネタは、その多くが礼拝式典から取られていた。曲に使う楽器の組み合わせ方は、彼の意によりコントロールされていた。曲の形式は、当時の作曲家達が主として使い、彼自身も学んだものであった。彼の後に続く新進気鋭の作曲家達にとっては、「バッハのおとっつあん」とは、まず第一に著名な楽器奏者であり、第二に昔ながらの頑固な職人。その作品がドイツ国外に知れ渡ることは殆どなかった。当時その作品は殆ど出版されることがなかったから、当然といえば当然。後の世代になって、彼の音楽は世界中に影響を与えるようになるが、この2つの話は、その理由の説明にはなっていないのである。 

 

バッハの作品について、私が最も心を打たれるのは、音楽に溢れる公正さである。それは単に一人の人間の公正な意識、というよりは、その時代の音楽全体の持つ公正な意識だ、と思う。音楽の長い歴史が作ってきた積み重ね、それが頂点を迎えた頃、バッハは登場した。彼の作品は、音楽作りの名工たちが何世代もかけた、その積み重ねの結果である。この時代に初めて、対位法と和声理論が一つになることができた。この、旋律と和声が合わさったもの - 階層的に構想された基本ハーモニーの枠組みの中で、線のように考え出された、一つ一つが独立しているもの - は、バッハに、彼の大きな音楽体系を作る上で必要な枠組みをもたらした。この体系の中には、それまでの音楽の歴史の集大成が込められており、一人の創造力溢れる者の魂がもたらすことができる、偉大さ、気高さ、そして内面の深さを伴っている。彼の音楽が、精神世界の全体像を創り出すのはなぜか、彼の音楽が、誰よりも深いビジョンをもって聴き手にメッセージを伝えてくれるという印象を与えるのはなぜか、残念ながら調べても無駄だろう。調べた結果をまとめたとしても、ただ言葉が並ぶだけ、形に表れない音楽の素晴らしさを説明する内容など、込めることはできないだろうし、形に現れないバッハの音楽の素晴らしさの一端すら、説明できないだろう。 

 

作曲家とその作品の関係を詳しく見てみたい、と思う方は、バッハの後の時代、特に、ベートーベンの人生とその作品の関係を見てゆくとよい。イギリスの音楽評論家ウィルフリッド・メラーズが、最近(1960年)ベートーベンについて語った言葉「ベートーベンが音符以外で作品に込めたのは、人としても芸術家としても、彼自身の人となりの根っこに在るモノである」。人間の権利、自由な意思、ナポレオンやフランス革命、そしてその他関係する話題について、こういった語り合いが聴き手の私達を巻き込むだろう、とメラーズは言いたいのである。歴史上の出来事がベートーベンの物の考え方にどのように影響したかについては、正確には解りようがない。解るのは、彼が生きた時代の人々の革命に対する熱気だの、そういう熱気を、彼独自の、そして前例のない音楽的な表現内容に言い換えて作品に込めることのできる作曲家の能力だの、そういうことに真剣に関心を持っていなかったら、19世紀初頭に彼の作品のような音楽が生まれてくることは無かったかもしれなかった、ということだ。 

 

ベートーベンは三つ、驚くべきイノベーションを音楽に起こした。一つ目。音符に込められている、精神面に訴える要素を強調することで、芸術というもののコンセプトを丸ごと変えてしまったこと。彼以降、音楽の持つある種の「無我・無心」さは失われたが、そのかわり精神的な深みという、新しい方向性が生まれた。二つ目。彼独特の嵐の様な爆発的情熱がひとつの要因となって、「音楽芸術とは全て、ドラマ作りである」と方向性が変わった。ダブルベースの唸るようなトレモロ、予想外の場所につくアクセント、それまで誰も耳にしたことの無い、リズムの強調の仕方と、音量のコントラストのつけ方。これらすべて、曲に込められたドラマを音に表すためのモノであり、彼の音楽にまるでドラマの様なインパクトを与えることになった。精神的な方向性を新たに音楽芸術に作ったことと、彼のラマ作りに対する天才的な才能、この二つは私の頭の中では、必然的に三つめに結びついてゆく。この三つ目こそ、おそらく彼にしかできなかった業績。それは、それまで誰もやろうとしなかった、そして大変魅力的ゆえに起こるべくして起きた規模で、大胆な構想で作られた音楽形式の数々。とくに「起こるべくして起きた」というところが、ベートーベンの三つ目のイノベーションの特徴である。音符は文字や言葉と違い、説明可能な理屈に縛られることはない。おかげで後世の作曲家達は、いつの世も苦労して、自分達がベートーベンに及ばない部分を補うべく、聴き手が納得するようにグイグイと引っ張ってゆくような音楽的効果を創り出してゆくのだ。聴き手を引っ張ってゆくために必要な効果を音符に創り出す。ベートーベンはこの課題を、誰よりも見事に解決している。 

 

ベートーベンの音楽を初めて聴いた人々にとって、それがどれだけショッキングな経験だったか、歴史に詳しくなくても想像に容易い。今の時代でも、彼の音楽の特徴を考えると、ベートーベンの芸術性が大衆に「売れた」のはどういうカラクリがあったのか、と私も思うことがある。当然のことながら、彼が作品を通して語ったことは、皆が聞きたいと思っていたことだろう。そして初めて、耳を澄まして曲を聴いてみれば、これがその人に受け入れられる可能性も明らかだ。サウンドだけに注目してみれば、彼の音楽には、甘美さなどほとんどない。どちらかといえば、ドライな響きがするサウンドだ。聴き手をごまかそうという意図は見られず、聴き手の好みも分かっていないのか、それとも気にしないのか、というところ。彼が作る主題は、特に愛らしいとか覚えやすいということもない。美しく描かれているというよりは、表現をする上で適切なら良い、という感じだ。全体的にぶっきらぼうで形にこだわらない。まるで、話の内容が大事なのだから、美辞麗句など要らい、と言わんばかりである。彼が作品に用いる音色は、「疑問に思うな、ただ受け入れろ」的なもの。力強い雰囲気の曲は特にその傾向がある。そして彼の曲は、まさに聴き手をそうさせてしまう。色々考慮すべきことはあるがそれはさておき、ベートーベンにはとんでもないレベルの力が一つある。それは、彼の人を惹きつけてねじ伏せる力は凄まじいということだ。 

 

それは何か?ベートーベンのような情熱と信念の男には、誰もが惹きつけられ、ねじ伏せられ、感動させられるのではないか?彼の代表作のいくつかは、人間の清濁をすべて受け入れるという勝鬨を音楽にしたものである。ベートーベンはクリエイティブアーティスト中でも特に楽天的な人物の一人である。悲しいことばかりが溢れる人生において、彼の切れ味の良い思考に触れると、こちらも元気になる。彼の音楽は、人間の性(さが)を、少しでも良い所に注目して集めたものだ。純粋無垢な音楽表現を用いて、彼は私達にこう呼びかけているようだ 「気高くあれ」 「強くあれ」 「大志を抱け」 「慈悲深くあれ」。私達は彼の音楽が抱く、こうした人の道の教えに触れる。しかし私達の心をとらえて離さないのは、交響曲が9、弦楽四重奏曲が16、ピアノソナタが32、といった作品そのものである。いつも同じように。また彼の音楽へと帰ってきてしまう。ベートーベンの音楽の根っこにあるのは、「不滅」。「音は」その場限りではかなく消えるが、音楽に内在する、ベートーベンだが語る「不滅」は、音のはかなさとは無縁である。 

 

ベートーベンの魂むき出しの荒々しさから、全く違う世界の作曲家へと話を移そう。パレストリーナである。ベートーベンというドイツの巨匠に比べると、その作品が耳に触れる機会は稀だ。おそらくそのせいで、彼の作品は特殊で、大昔のものに思われている。パレストリーナの時代は、音楽の中心は合唱であり、多くの作曲家達は、パレストリーナのように、その生計を教会での仕事によって立てていた。彼がどのような人生を送ったかを考えず、音楽そのものだけを見てみれば、彼の作品にみられる純粋さと穏やかさは、彼の心の奥深い所にある平静な気持ちを映し出していることが、ハッキリと分かる。16世紀のローマの置かれた生活環境がどれだけストレスと重圧に満ちていようとも、彼の作品の息遣いは、そこから離れた静かさを保っている。モーダルハーモニーの甘美さ、階段状のメロディ、扱いやすいポリフォニーによる合唱、こういったものすべてが、日々の生活を穏やかに送ろうとする一助になっているのだ。彼の作品は、楽譜を見ると白丸の音符が目立ち、よって各声部から出てくる音も「白丸」な音がする。こういった均質性のとれた音楽形式は、実際にその大半が教会で演奏する為のものであり、冷静さと、精神世界に重きを置いていることが伝わるような、広がりのある雰囲気を曲に与えている。こういう音楽は、単に型にはまっているだけでは、何の面白みもない。しかしパレストリーナの作品の大多数とモテットは、良い意味で、音の世界だけで形に表されるほのかな愛らしさを醸し出している。 

 

バッハやベートーベン、あるいはパレストリーナといった、一流の作曲家の名前ばかり挙げているが、別に私は、名作曲家や名曲しか注目に値しないと言っているわけではない。今日見られるように、音楽芸術というものは、名曲ばかりを採り上げたり、過去の栄光に何でも照らし合わせていては、発展が阻害されてしまう。音楽を通じて経験できることが限られ、今の時代の音楽に対する興味を削いでしまう。多くの優秀な作曲家達を、ベートーベンなどから比べれば作品が完璧ではないと言っていては、彼らは皆排除されてしまう。「あらゆる芸術の中で、音楽は、完璧であることは必須条件であり、バッハの前の時代の作曲家達は、作品が幼稚だから、他の時代の作品と比べられると忘れられてしまうのだ」アルベルト・シュヴァイツァーがかつて言った言葉だが、私は賛成できない。バッハ以前の音楽作品についてこんなことを言うとは、口やかましい人間だと思われるかもしれないが、実際の処、何を聴いても退屈だし、それは完璧さについてもである。私からすると、もっと正しい言い方をすれば、バッハ以前の作曲家達には、ぎこちないくらいの可愛らしさと、一途なほどの端麗さがあり、それはバッハでさえ、彼が完璧だからこそかなわない魅力なんだ、ということだろう。私のこの考え方については、ドラクロワも、彼が日記の中で、劇作家のラシーヌの行きすぎた完璧主義をチクリとやっている「あの完璧主義、そしてキズも不調和もないことといったら、作品には美しさも至らなさも沢山同居しているというのに、せっかく彼から魅力的なスパイスを奪ってしまっている」。 

 

私達の音楽の愉しみは、ここ数年で大きく広がっている。レコードのおかげだ。バッハのよりずっと前の、「美しさも至らなさも沢山」だった音楽の時代に親しめるようになったのだ。音楽学者は、時には形式主義的だと非難されるが、この場合は彼らのおかげで、復元不可能と思われていた音楽の「珍味」が、私達の前に復活している。あちこちの先進的な音楽グループが、大昔の、作曲した人の名前が書かれていない楽譜を解読し、当時の楽器の音色の特徴であったと思われるものを、知恵を絞って想像しつつ、今は使われていない楽器をよみがえらせたのである。学術的な調査と、かなりの当てずっぽうの両方を駆使して、今時の作曲家達が作るような作品を時にほうふつとさせるような、飾り気のない曲の仕組みを持つ、悲哀たっぷりの音楽が聞けるようになった。これは、心をほのかに動かす舞踊系の曲とは対照的である。この音楽の純朴さ、というか純朴に見えるものは、中世ヨーロッパの未だ洗練されていない音楽的要素と結びつけるのは困難ではないか、と、私などは考えしまうような、実際に演奏する上での問題点へ真摯に取り組んでゆく後押しをしている。時代と共に演奏上の指示がどんどん変化し、その間にも私達は、過去の音楽的要素でつかえる範囲をどんどん広げているし、音楽の宝物蔵にもどんどん宝が収められてゆくのだ。 

 

最近ある我が国(アメリカ)の詩人がこう書き記している「今を知らねば過去は知り得ない」。最新の傾向の中に飛び込みかき分けて進むワクワク感は、芸術活動に取り組む愉しみのひとつだ。ところが音楽については妙なことが起きる。本や文学作品や演劇、そして絵画などでは賛否両論があってもOKという人でも、音楽となると、意欲的な取り組みや面倒なものは避けて通りたいと思っている、ということだ。音楽分野で人々がいつの時代も求めるのは、親しみを感じさせてくれるもの、であり、新進気鋭の作曲家のしていることについては、ほとんど興味の対象とならない。私が見るに、こういう音楽愛好家というのは、単に音楽のことがそんなに好きではないのではないか、ということ。というのも、もし本気で好きなら、新鮮で奇抜な音楽を経験するすることがお約束の分野に対して、心を閉ざすなんて有り得ないだろう。チャールズ・アイヴスは、「不調和のある音楽は我慢できない、という人は、臆病な耳の持ち主だ」とよく言っていた。幸いなことに、今や世界中に自分が音楽を愉しむ上で開拓をモノともしない猛者がいるもので、彼らは問題児とされるような創造性あふれるアーティストと対峙する愉しみを満喫している。 

 

この「問題児」だが、ポール・ヴァレリーによると、フランスではステファヌ・マラルメだ。分かりづらい詩人の見本だとの烙印を押されている。彼の詩は、新たな詩の愛好家たちを生み出したのだという。彼らは、ヴァレリーの言葉を引用すると、「『面倒あっての愉しみ』を求めていて、代償のない愉しみを嫌い、ある程度の努力の結果得た愉しみでないと幸せを感じず、努力の代償が何なのかを実感したいと心から願っている」。この説明は、そっくりそのまま一部の現代音楽の愛好家達にも当てはまる。簡単には怖気ずかないぞ、というわけである。私自身のことを言えば、聴いただけで耳をふさぎたくなるような作品に出合うと、こう思う「今のところは引き下がるが、2・3回の内に戻ってくるぞ」。私はあからさまに現代音楽を毛嫌うことを恥ずかしいとは思わない。ただし、その為には、なぜ毛嫌いするのか、きちんと自分の気持ちを分析しなくてはと思っている。そうでないと、解決しない問題として頭に残ってしまうからだ。 

 

「この現代曲を何とか好きになりたいけれど、どうしたらいいの?」素直な音楽ファンがこういってきたとしたら、どうしたらいいのか。そう、ハッキリ言ってしまえば、聞きなれない曲を心地よく親しみやすく見せる、そんな魔法の法則もなければ、近道もないのである。アドバイスできるとしたら、こう言って差し上げるだけである「肩の力を抜いて、まずそれが大切、そして自分のモノになるまで何回でも聴いてください」。幸いなことに、最近の新しい曲の全部が全部、理解困難というわけではない。私の方で一度、今いる作曲達について、その作品を聴くのが「とてもやさしい」から「非常に難しい」までランク付けをしてみた。そうしたら、驚くほど多い数の作曲家達が、「とてもやさしい」に分類された。聴くのが非常に難しい作曲家達の中でも、特に厳しいのが12音技法を用いる作曲家達である。というのは、多くの人が耳慣れている「ハーモニー」、これを一切無視した手法(無調性音楽)は、長年人々に習慣づいた音楽の聴き方からすると、ボディーブローを食らったような衝撃なのだ。調性を失ってしまった音楽、それからすれば、その他の新しい要素、つまり、攻撃的な表現、多少の不快感を伴う対位法、奇抜な曲の形式といったようなものは、大した面倒にはならない。アルノルト・シェーンベルクは20世紀最初の10年間で、初期の調性のルールに縛られない作風から12音技法を確立し、音楽芸術の根幹を揺さぶるに至っている。それから約50年足らず、人々の間に、未だ浸透し理解される途中にあるのは、仕方ないことだろう。 

 

シェーンベルクの12音技法は音楽の未来へ導く道か、それとも単なる通過点か、その答えをハッキリしておきたいところだ。しかし残念だがこの答えは出るはずもない。というのも、芸術の世界には、「これが起きれば、次にきっとこれが起きる」というものなど、ないのだ。分かっていることといえば、いわゆる理解しがたい作曲家というものは、昔から後になって再評価されることが、しばしば起きている。最近の例ではベラ・バルトークがそうだ。1945年に彼がこの世を去る時、その直後から彼の作品は注目を集め、今日世界中で取り上げられていることを、いったい誰が予想し得ただろうか。彼の表現は厳格で、しつこくて、冷淡で、頑固すぎるから、一般大衆には受け入れられないと見なされていたふしがある。世界中の指揮者や演奏家たちが彼の作品に飛びついたのは、一般大衆が彼の作品を理解する準備が出来たと思った瞬間であった。彼の活力あふれるリズム、情熱的で絶望感すら漂わせる抒情性、音楽の大きな流れを保ち尚且つ細かな要素も一つ残らず維持するという、すぐれた曲全体の構築力を、一般大衆が聴き取れるようになったのである。理由は何であれ、このバルトークの例が示すように、いつの世も、人々には気づかれていない進歩的な取り組みが行われていて、それが後になって突如人々の注目を集め、私達の音楽の聴き方に新たなレパートリーを増やしてくれるのである。 

 

音楽で新しい発見をしようとする愉しみの一つに、若い世代の作曲家達による将来重要となるであろう作品を発掘することがある。彼らのしていることに特に興味を示すのは、パトロン、出版業者、指揮者、まれに一部のベテラン作曲家達だ。フランツ・リストなどはその良い例で、彼は特に、まだ発展途上にある者達の中から逸材を探し出すことができた。彼は生前、グリーグスメタナボロディンアルベニス、そして我が国のエドワード・マクドウェルといった当時の若手で愛国心溢れる作曲家達と連絡を取り、そして励ましてきた。フランスの批評家サント・ブーブが当時そのこと書いている。若い才能を発掘することについて「批評家として、若い才能を見抜きそれを書き綴ることは、最高の喜びだ。それも彼らが、いずれ後に自分から身につけたり、あるいは他からそのように仕向けられてうわべを飾ってしまう前の、新鮮さ、開け広げた心、粗削りな才能こそ、書いていて満足がえられるというものだ」。 

 

今日(1960年)若手の典型的な連中は、戦後(第2次世界大戦)の音楽シーンを彩っている。彼らが年配の世代をいらつかせるのは、いつの時代も同じだが、音楽に新しい理想を、という持論である。彼らの場合、求める音楽は、一つ一つの要素が完璧にコントロールされているものだった。彼らがもてはやすのは、シェーンベルクの教え子であり崇拝者でもあるアントン・ヴェーベルン。彼の後年の作品は多くの点で、シェーンベルクの12音技法を基軸として、より論理的で、ロマンティックな味わいは控え目である。ヴェーベルンの奇抜さ満点で独自の、そしてあまり日の目を見ない音楽に刺激を受けて、音楽作品はそのあらゆる要素が厳格に制御されることになった。音の並びとその結果生じるハーモニーだけでなく、リズムや音量変化の設定についても、12音技法による制御を受けることになった。彼らの作った音楽は、感心するほど楽譜は論理的であるのに、実際演奏してみると、むしろ行きあたりばったりの印象を醸し出す。この手の若手作曲家の最新作の一つを初めて聞いた時の印象を、メモを取っておいたので今でも大変良く覚えている。ちょっと読んでいただこう「この子達の作品を鑑賞中。また初めから演奏しているが、今度は音も響もばらしてある、いう感じだ。音符がハラバラ死体のようにまき散らされている。従来みられた音の連続性とか主題の関連性とかは、終わりを告げている。今聞いている曲では、次に何が起きるか全く予想がつかず、起きたら起きたでその理由も全く見えてこない。パウル・ケリーの現代絵画の影響が、新しい音楽を蝕んでいる、という人もいるかもしれない。いわゆる「お互い関連性のない音の数々がバラバラな状態にある」という表現の仕方をすべきなのだろう。曲の進行を読める人はいないだろう。私だって読めない。しかし分かることもある。聴衆はどう思うかはともかく、演奏者が自分の譜面台において演奏する楽譜としては、もっともフラストレーションのたまる曲だ、ということ」。 

 

このメモを取った一件の頃からというもの、ヨーロッパ出身の若手作曲家達の一部が、おぼつかないながらも初めて電子音楽を試みている。奏者も楽器もマイクも不要。そのかわり録音と電磁振動を送信できる人を要する、というもの。最近の電子音楽作品の録音を聞いたことのある方はお分かりいただけると思うが、この場合、私達は、音楽の愉しみというものの方向性に含まれるものについて、今までの概念が持つ許容範囲を拡大するべきだろう。今のところ現在の音楽体系からは外されているサウンドについても、音楽に使う音として扱わねばならなくなると思う。別に変じゃない。人類が生み出したものの多くが見直しをされるのが当たり前なのだから、音楽だけがいつまでも同じだと思う方が、むしろ変だろう。彼ら若き実験者たちについては、私達が彼らの努力に対してどう思うかとは無関係に、明らかにもっと時間をかけて取り組む必要がある。この新しい分野を十分開拓する前に実験結果に対する評価をだしてしまっては、的外れな成果に終わってしまうからだ。何人か名前を挙げておこう。ドイツのカールハインツ・シュトックハウゼン、フランスのピエール・ブーレーズ、イタリアのルイジ・ノーノルチアーノ・ベリオ。彼らの作品は論争を巻き起こし、出版もされ、海外のラジオ局の支援も受け、個人レベルでもあちこちで議論がなされているが、暴動は起きていない。暴動といえばストラヴィンスキーダリウス・ミヨー、そしてシェーンベルクだ。当時の最新音楽だった彼らの作品に対して10代や20代の連中が示した反応は、しばらくの間発生しないのは間違いない。音楽のことにせよ、何にせよ、私達は皆、ショッキングな出来事が起きた時の対応の仕方を、一つ二つと身につけているのだ。ショックは消え去っても、挑戦することを放っておいてはいけない。そして、音楽好きを自負するなら、何でも受け入れるという姿勢が必要であり、正面から向き合いたいという気持ちを持つべきである。 

 

ここはアメリカの大学なのでそこで音楽の愉しみ」と銘打って講義をするからにはこの微妙な言葉を扱わずに終わるわけにはいかない。そう「ジャズ」である。といっても「ジャズは『芸術』か?」思う方もいるだろう。こう言っては何だが、今頃そんな疑問を呈するのも如何かと思う。というのも、芸術だろうが何だろうが、ジャズは今こうして定着しているモノであり、愉しみを与えてくれているのも明らかだ。混乱が起きるとすれば、ジャズの音楽表現が、本来のテリトリー以上の範囲をカバーしようとする場合だと、私などは考えている。様々な感情表現の仕方(あるいはそれぞれの深さ)にせよ、演奏技法の普遍性にせよ、ジャズ音楽と芸術音楽では守備範囲が異なる(同じなのは、人の心に訴える普遍性である)。ジャズ音楽にできて芸術音楽にできないこと、それはつまり、音楽の語り口として、話し言葉を用いていることだ。ジャズならではの、溢れんばかりの楽しさ、「今、ここで」的な感覚、おそらく芸術音楽にはないであろう気楽さ、しかしそれらは、世界中の聴衆を元気にするようなストレートで快活な手法によるものである。 

 

私個人としてはジャズは自由で制限のないものであってほしいと思っている一般に商業目的で扱われている代物とは、出来るだけ距離を置いてほしいとも思っている。うれしいことに、比較的意欲的な取り組みをしているジャズメン達は、表現方法において彼らの昔からの伝統や慣習にあまりとらわれないようだ。それも殆どとらわれないようで、実際の処、我々芸術音楽の方へ目が向いているようだ。何が言いたいかというと、最近(1960年)の芸術音楽が扱う和声法や曲の組み立て方が、若手のジャズ作曲家達に大きな影響を与えており、ジャズとそうでない音楽の区別が、急ピッチでつきにくくなりつつある。未来に向けて、今までになかった融合を成し遂げて見せる、といわんばかりに、我々二つの音楽分野の、新たな、垣根を超えた異種交配が進みつつある。芸術音楽の側から見てうらやましいのは、ジャズの器楽奏者達の腕前である。特に自由闊達なインプロバイゼーション、与えられたテーマを、あまりにも見事な的確さで展開してゆくこともしばしばである。ジャズメンの方はというと、 新たな芸術性の確立を模索しているようであるこれまでにない楽器の組み合わせの開拓、思い切った和声パターンの導入といったものは、時として思い切りが良すぎるあまり、様々な要素を一つにまとめていたジャズならではのビートを用いず、昔ながらのジャズに課せられたバランス感覚に関するルールがもたらしていた形式上の問題を排除している。総じて、その取り組みは活発である。非常に活発である。ドビュッシーがジャズに触発されて「ゴリウォーグのケークウォーク」を作曲してから(1908年)、たっぷり半世紀が経っている。 

 

さてここまでの私の話で皆さんに耳が肥えてくると音楽の愉しみもひとしおであることを、お伝えすることが出来たであろうか。音楽芸術とは、特別な知識がなくても、特別な意味をほとんど理解していなくても、人の魂の慰めとなるものである。それはこの世に生かされていることの現実から、避難することでも消えていなくなることでもない。人が経験しうることの本質とつながりを持つことができる、安息の場である。私自身、人々が泉から水をくむように、音楽から生活の糧を得ている。音楽の愉しみを皆さんと分かち合うべく、音楽の世界へとご招待申し上げたい。