A. Copland 「What to Listen for in Music」を読む

コープランドの「What to Listen for in Music」(2011版)を、原文と日本語訳の両方を見てゆきます。

ウィントン・マルサリス「マルサリス・オン・ミュージック」日本語全訳

For all those who continue the struggle to educate youngsters in music. 

音楽で若い人達を育むことに、日々奮闘し続ける全ての人のために 

 

MARSALIS ON MUSIC  W.W.Norton & Company 

 

第1章 思わず足踏みをするのはなぜだろう:リズムについて(19ページ) 

メリハリ(アクセント・休符・間)、拍子、テンポ、基本リズム、シンコペーション 

 

第2章 聴きどころをのがさずに:形式について(55ページ) 

ソナタ形式:主題提示部・展開部・主題再現部 

AABA形式(32小節形式)、コーラスフォーマット、変奏曲(主題と変奏) 

ブルースとコード(和音) 

 

第3章 スーザからサッチモへ:吹奏楽とジャズバンド(93ページ) 

行進曲、ラグタイム、ラグとシンコペーションラグタイムと行進曲の共通点 

インプロバイゼーション 

 

第4章 正体不明の、でもイヤなことに敢えて立ち向かう:練習について(121ページ) 

ウィントンの練習の秘訣 

1.マンツーマンで教えてもらおう  

2.予定表を作ろう  

3.目標は段階毎にいくつか作ろう  

4.集中しよう 

5.肩に力を抜いてじっくり練習しよう  

6.難しい部分こそじっくり時間をかけて練習しよう 

7.常に心を込めて楽器を鳴らそう  

8.自分の失敗から学べばいい 

9.ひけらかさないこと  

10.自分で工夫しよう  

11.前向きに物事をとらえよう 

12.何事に対しても、他とのつながりが何かある、と思ってアンテナを張ろう 

 

鑑賞の手引き(141ページ) 

 

第1章 思わず足踏みをするのはなぜだろう:リズムについて 

 

(19ページ) 

 

僕の名前はウィントン・マルサリス。僕は君に、この本の中で、音楽の基本的な事柄との出会いの場を作ってあげようと思う。わかってますよ、「基本的な」「事柄」なんて言葉が一緒に出てくれば、何だか面倒なものが立ちはだかってくるのが、大体のお決まりだってこと。僕は君に教えてあげたい。音楽の種類が異なっていても、実は基本は同じなんだということ。そして、それがわかると、音楽はもっと楽しく、もっと興味深くなるんだ、ということを。 

(解説) 

listen:聴く(意識的に) hear:聞く(耳に入ってくる) 

 

音楽の聴き方を本で学ぶ、なんて、変だ、と思うかもしれないけれど、大抵のことは本から学べるものだ。音楽について言えば、本だけでなく、録音を聴いたり、生演奏を見たり、自分で簡単な作曲をしてみたっていいよね。この本の元になったのは、4回シリーズのテレビ番組なんだ。僕が一緒に番組作りにかかわった人達を紹介しよう。 

僕が主宰するジャズオーケストラ 

ボストン交響楽団音楽監督小澤征爾さんの指揮による、タングルウッド音楽センター管弦楽団 

チェロの名人、ヨーヨ・マ 

この本だけを読んでもいいし、番組の映像も併せて視てもいい。本の裏表紙にはCDがついているだろう。この本で触れることになる曲の音源が入っているよ。 

 

(20ページ) 

 

音楽の世界を探検しながら、物事の共通点を探してゆくことにしよう。それは、初対面の人と会話しようとする時に似ている。相手も知っている話題を選んだ方がいいよね。話が合わないなぁ、と窮屈になるよりはマシだ。音楽は楽しむものであって、戦う相手じゃない。何せ音「楽」だから。音「学」じゃないからね。読者の皆さんにお勧めします。下手でもいいから声を出して歌ってみよう。おもちゃのラッパでいいから楽器に触れてみよう。音楽の世界は、いつだって新入りさん大歓迎!「早すぎ」「遅すぎ」は一切なし! 

 

この章では、主にピョートル・イリイッチ・チャイコフスキー作曲の「くるみ割り人形組曲」を見てゆく。そして有り難いことに、この曲には、デューク・エリントンとビリー・ストレイホーンが編曲したアメリカンスタイルのバージョンがあるんだ。この曲を使って、音楽の一番基本「リズム」について見てゆこう。さて、こんなことを言うと「基本はメロディじゃないの?」と思うかもしれない。だって聞いてすぐわかるし、覚えこむのも簡単だ。気が付けば口ずさんでいるのは、メロディだしね。 

 

(21ページ) 

 

ピョートル・イリイッチ・チャイコフスキー 

ピョートル・イリイッチ・チャイコフスキーは、1840年5月7日、ロシアの大地主の家に生まれました。当時のロシア皇帝はニコライ一世でした。ピョートルには、兄が一人、弟が三人、妹が一人いました。一家は居心地のよい、裕福な家族でした。役人であった父は、ピョートルには弁護士になってもらいたいと思っていました。しかしピョートルは大学卒業後、しばらくの間司法官吏として働いた後、作曲の道へ転向してしまったのです。作曲家に転向後しばらくは、音楽学校で教鞭をとり生計を立てます。この頃、あるお金持ちの音楽愛好家、フォン・メック夫人が現れます。ピョートルが生涯ついに一度も会うことのなかったこのフォン・メック夫人こそ、ピョートルを、作曲だけで生活してゆけるようにしてくれたのです。ついにピョートルは、自分の作品を売った稼ぎで暮らせるくらい、十分作曲家として成功しました。 

 

1893年11月6日に53歳でコレラで亡くなるまでに、チャイコフスキーが残した曲: 

交響曲七作品、その他管弦楽曲多数、オペラ十作品(最も有名なのは、1897年作「ユージン・オネーギン)、そしてピアノ曲・合唱曲・歌曲多数。 

広く知られている作品群: 

大序曲「1812年」(1880年)、幻想序曲「ロメオとジュリエット」(1879年)、バイオリン協奏曲(1878年)、ピアノ協奏曲(1875年)、そしてあの三大バレエ[白鳥の湖(1877年)、眠りの森の美女(1890年)、くるみ割り人形(1892年) 

 

生前チャイコフスキーは、世界に名だたる作曲家の一人となったのでした。そして自作の指揮を執り、ロシアそしてヨーロッパ全土を演奏して巡ります。1891年に渡米、ニューヨーク市カーネギーホールこけら落としでの演奏を指揮を務めました。またフィラデルフィアボルチモアでの公演で指揮を執り、演奏以外でも、ナイアガラ滝やワシントンDCといった場所も訪問しています。アメリカから、サンクトペテルブルクの自宅へ戻ると間もなく、バレエ「くるみ割り人形」に着手します。 

 

くるみ割り人形組曲の詳細は、141ページ参照 

 

(戻・20ページ→22ページ) 

 

ブラームスの「子守唄」。このメロディの演奏を聞けば、次々と音が耳に入ってくる(楽譜1、CD1曲目)。その音のことを「音符」と名付けよう。音符には色々な種類がある。鳥の様々な鳴き声や錆びた扉の開け閉めの時の様な甲高い音から、ライオンの吠えた鳴き声や車のエンジンをふかした時の様な低く太い音まで、様々だ。 

 

(22ページ) 

 

ブラームスの子守唄のメロディを聞けば、音が並んでいるなぁ、と思うだろう。でもこの並んでいる音は、リズムのおかげで、一定の時間の流れに乗って、まとまっているんだ。リズムがあってこそのメロディだ。メロディにくっついてこれを動かすリズムがなければ、メロディの最初の音符から次の音符へは動けない、ということだ。動けない、ということはリズムがない、リズムがなければ音楽じゃない。 

 

ブラームスの子守唄の、リズムだけをスネアドラムで叩くのを聞いてみよう(CD2曲目)。メロディとはとても言えないかもしれないけれど、これだって立派な音楽だ。音楽とは、一定の時間の流れに乗ってまとまっている音のことなんだ。まとまっていれば、どんな音でも音楽だ。1,2,3,4と胸をたたくのも音楽。パソコンの一定の信号音も音楽。お互いを呼び合う鳥の鳴き声も音楽。まとまりがあるなら、それは音楽。 

 

日々の生活はリズムでいっぱいだ。想像してみてほしい。朝、目が覚めて、オートミールとか、何でもいい、好きなものを朝食にとって ― 僕みたいな田舎者なら、グリッツに砂糖が塩をふったやつとかね ― そしてその後出かける。外に出たとき、どんな音が耳に入ってくる? 

 

今の僕のように都市部に住んでいるなら、車の音だったり話し声だったり何でもかんでも色々な音が混ざって、耳に入ってくるだろう。これは音楽とは言わないね。こういう音を楽器で真似して鳴らしてみると楽しいかもしれないけれど、これは不快な音、あるいは雑音とも言うよね。まとまりがない。でもこのまとまりのない中から、時々聞こえてくる、渋滞にイライラしたドライバーが「プープッププー」なんて、ちょっとばかりリズムをつけてクラクションを鳴らしているのが聞こえたりすることがある。そのドライバーは、クラクションにもたれかかって、ただ単に町の騒音を更にうるさくしている訳じゃない。ちゃんとリズムをつけてクラクションを鳴らしているものだから、聞いているこちらは笑顔になって「わかった、わかった」と思ってしまう。 

 

その一人のドライバーがリズムを生み出すのが聞こえれば、楽しい気分になる。それは音楽だからだ。 

 

(24ページ) 

 

メリハリ(アクセント、休符、間) 

リズムのあるものを探そうと思ったら、あちこち外を見る必要はない。僕達は、体の中にリズムマシーンを抱えて生きているからね。何だかわかるよね。そう、心臓だ。そして心臓には鼓動がつきものだ。ということは、リズムとは、人が生きる様子を表している、と言えるかもね。リズムマシーンがずーっと止まってしまったら、リズムの勉強どころじゃなくなってしまうからね。 

 

医者が診察の時に手首を指で触って、何を探しているか知っているかい?脈だ。脈って 

どんな音がする?ドキ、ドキ、ドキ。脈とは、一定の速さの拍を刻んでいる。歯車のある時計がカチカチ言っているみたいだね。強調される拍があったり、間をあけたり、といったようなことは全くない。「音楽」の条件である「まとまっている」けれど、音楽「的」とは言い難いよね。 

 

もしも、間を取ることもない、メリハリもない、変化も全然つかない、なんてことが生活のあらゆる場面でみんなそうだったら、どうなるだろうか?交通量の多い道路は大混乱になるだろう。そして悲惨な事故も起きるだろう。何せ、車が走行してもいい処とダメな処を示す車線もなければ、車の停止と発進を指示する道路標識も信号もないのだから。 

 

(25ページ) 

 

もし言葉を話す時に、脈拍みたいな、ずっと変わらないリズムでしゃべったら、どうなるか。 

「こ れ か ら そ の み せ に た べ も の を か い に い く け ど ほ し い キャ ン ディ が あ っ た ら そ れ を か お う と お も っ て い る と こ ろ で せ ん しゅ う ひ ど い め に あ っ た け ど し っ て る ? で も も う す ぐ い き が き れ ちゃ う !」 

 

どんな道路にしても、路面にちゃんと車線やなんかが引いてあるのが目に入れば、ここなら安全に車で走れるなぁ、と思うわけだ。車線は「走れ」の印。では停止標識や比較的幅の広い交差点は?「止まれ」あるいは少なくとも「一瞬止まれ」と言っているんだ。リズムも考え方は同じ。アクセントをつけたり、間を取ったりしなくてはいけない。 

 

(26ページ) 

拍子 

同じ音符を、アクセントをつけずに繰り返し弾いたら、脈拍みたいな感じになってしまうだろう。でも仮に4拍毎に最初の拍にアクセントをつけたらどうなるか:「1」、2、3、4 

ってね。最初の音符にアクセントをつけることで、カウントできるリズムが出来上がるんだ。ひとつひとつの音符が四つの拍から成るリズムの一部分となり、そして四つの拍が集まって、一つのユニットになる。でもこのユニットがいくつも出来た時、それらをまとめる方法がないと大変だ。音楽以外のことでも、それは言える。例えば、家から学校までの距離を尋ねられたら、五つ目の角まで行く、とか答えるだろう。6737歩あるく、とは言わないよね。あるいは10分かかる、と答えるだろう。600秒、とは言わないよね。分かりやすい単位で答えるよね。 

 

音楽では、拍やアクセント、休符といったものは、拍子というもので一括りにする。そして、拍子は数字と同じように、カウントするものだ。拍子には、基数と偶数がある。例えば、3/4拍子は奇数。わかるよね、3という数字は基数だ。他には、4/4拍子は偶数。四拍毎に最初の音符にアクセントをつければ、偶数の4/4拍子の出来上がりだ。 

 

拍子は、奇数に感じられたり、偶数に感じられたりする。「くるみ割り人形組曲の中に出てくる「花のワルツ」を聴いてみよう。チャイコフスキーの原曲は奇数の3拍子:「1」、2、3、「1」、2、3、で、デューク・エリントンのアレンジは偶数の4拍子:1、「2」、3、「4」、1、「2」、3、「4」 だ(CD3、4曲目) 

 

ここまで話してきているのは、アクセントも休符も、長さが同じもののことについて、だ。でもミュージシャンは、リズムを使って、まずは何をしたいと思っているか。そう、君達と同じ。楽しみたいのさ。ウソじゃないよ。バスケットボールをしたことある?最初にドリブルの仕方をおぼえた時って、ただ一定の動きでバウンドできるようになっただけだよね。ある一定のリズムでドリブルをできるようになるのに、時間が長くかかってしまうこともあるだろう。難なくこなせるようになるのに二週間、あるいは一か月かかってしまうかも。でも楽しくプレーしようと思ったら、ドリブルも変化をつけなくちゃね。スピードを速くしたり、間を取ったりしてね。ゲーム中、相手にフェイントをかけようと思えば、一つのスピードで、あるいは同じ先を読まれてしまうようなリズムで、ボールをドリブルなんかしないだろう。時には速く、時にはゆっくり、もしかして、股下をくぐらせたり、背後にボールを回したり、なんてね。そして時にはドリブルをやめてパスしたりもする 

 

(27ページ) 

 

小節 

バスケットボールをする時、ゲーム中はコート内のある場所からある場所へボールをドリブルしてゴールへ向かおうとするし、当然、ドリブルするときは、あれこれと考えて、そして自分なりのやり方で行こう、と思うよね。そうでなければ、プレーする意味がない。音楽でも、ボールをドリブルするときのように、演奏はリズムをつけてする。細かな動きの速いリズムから、長い音符のゆっくりなリズムまで、様々だ。また音楽では、「拍子」という乗り物に乗って、「小節」を訪ねて進んでゆく。ところで、この「小節」にはニックネームがある。「バー」という。僕たちミュージシャンが好きな言い方だ。 

 

(29ページ) 

 

楽譜をじっと見ていると、なかなか面白いことが目に入ってくる。音符の集まりは、小節線というものによって区切られている。これはフットボールグラウンドが、5ヤード・10ヤードラインで区切られているのによく似ている。ライブやコンサートで、譜面を見ているのはミュージシャンの方で、彼らは当然バーが目に入っている。でも聴いているこちらも、バーを、その存在を感じ取ることはできるんだ。小節線は拍の並びに区切りを入れてゆく。四拍子なら、四拍毎に小節線で区切る。でも、前のページと次のページのスコア(楽譜2)をよく見てほしい。小節線で区切った中で、あらゆる種類の音符たちが、上への下へのと躍っているのがわかるだろう。細やかで速い音符は、その見かけ通りの音がする。楽譜を書いていようが読んでいようが、演奏していようが聴いていようが、音符の動きがリズムを表しているのだ、ということを、覚えておこう。 

 

拍子に乗って、リズムは躍り、弾み、スキップし、飛び、くすぐる。そして小節線はこれをきちんと並べ構成をするためのものだ。小節線は現在の位置を知らせてくれる。アメリカンフットボールのグラウンドに、何ヤードか示す印が描かれているけれど、あれみたいなものだ。「くるみ割り人形組曲の「行進曲」の部分を見てみよう。リズムと動きの結びつきが色々と見えてくるぞ。「行進曲」だけに、まずは何と言っても「行進」。歩く動きを示すリズム。 

それからスキップする、弾む、飛ぶ、くすぐる、そんな動きを示すリズムだってあるぞ(CD5曲目)。 

 

(30ページ) 

 

スコアを読もう 

多くの楽譜には、文字を使った標記(言葉)と使わない標記があって、読み手に、演奏内容や作曲者の望む聞かせ方を示している。「文字」の方は、曲名、使用楽器や、歌曲・合唱曲なら声部(ソプラノ、アルト等)、そしてよくあるのは、その曲のテンポや雰囲気を示すことに使われる。では「文字でない」方の読み方を見てゆこう。 

 

はじめは、ページを横に走って引いてある平行な線だ。この線は五本一組で、その一組を五線という(英語では、単数形がstaff、複数形がstaves)。五線一つにつき一つの楽器や声部が割り当てられる(ピアノは二つ:右手用と左手用にそれぞれ一つ。同じ動きの五線同士は、ページの左側でカッコでくくられる。 

 

(31ページ) 

 

五線の、各々の線と、その線と線との間は、ピッチ(音高)、つまりピアノ等のキーボードの白鍵のうちの一つ、それについている文字の名前を表している。例えば五線の一つがAなら、その上の空間はB、その下の空欄はGだ。短い線を五線の上や下に書き足せば、もっと高い音も低い音も書ける。 

 

五線を縦にクロスして上下に走る縦線は(音符と音符の間を通って)、曲を小節、つまりバー毎に区切ってゆく。これを小節線という。 

 

例えば、ト音記号なら、五線の一番下から2番目の線が、キーボードの真ん中のCの上のGの音だ、ということを表しているんだ。ヘ音記号なら、五線の一番上から2番目の音が、真ん中のC(キーボードの、ね)の下のFだ、ということ。 

 

五線のはじめの音部記号に続いて、場合によっては、調整記号と言って、一つ、あるいはそれ以上の数の ♯ や ♭ が、かたまりになって出てくることがある。これらは臨時記号だ。これがついている線や空間については、♯ なら白鍵の上の黒鍵、♭ なら下の黒鍵を弾け、ということだ(これは楽器がキーボードの場合の話です)。 

 

音符の形は、音を鳴らす長さを示す。音符は、しかるべき五線の線上や空間に丸(頭)を置き、そこへ場合によっては軸棒や旗をつけることもある。黒い塗りつぶしのは、白抜きのより短い(鳴らす時間が短いというか、拍数が多いというか)。軸棒が付くと更に短くなり、これに更に旗が付くともっと短くなる。旗の数が増えると、また更に短くなる。 

 

調整記号の次には、拍子記号が来る。分数みたいに見えるね。分子は各小節何拍かを示している。分母は一拍の長さだ。2 なら、一拍が二分音符(白抜き丸に軸棒)。4 なら四分音符(黒丸に軸棒)。8 なら八分音符(黒丸に軸棒と旗)だ。時には分数ではなくC なんてのが出てきて、「あれ?」と思うことがあるだろう。Cは4/4を省略した特殊な記号なんだ(各小節に四拍あって、一拍の長さが四分音符、という意味だ)。 

 

(32ページ) 

 

チャイコフスキーはこの曲を管弦楽で演奏するよう作った。管弦楽というと、沢山楽器があるよね。これがあるから、例えば「行進すること」と「飛ぶこと」を、とびきり楽しい方法で組み合わせる、なんてこともできるんだ(CD6曲目)。デューク・エリントンは、チャイコフスキーのこの曲が大好きで、相棒のビリー・ストレイホーンと共にジャズオーケストラ用にアレンジしてしまったほどなんだ。デューク・エリントンが編曲した「ピーナッツ・ブリットル・ブリッゲート」(CD7曲目)、これとチャイコフスキーの原曲「行進曲」を比べてみよう。リズムについて更に学べるぞ。この二曲、全然異なって聞こえるけれど、どちらも、拍子・アクセント・休符・小節線を使って作られた、ということがわかる。 

 

(32ページ) 

 

さて、行進やらスキップやら、弾む、飛ぶ、くすぐる、そういったことが全部わかったこ処で、次はこれらをどんな速さでやろうか、ということを見てゆきたいと思う。拍と休符が出てくるスピードのことを、テンポという。そしてテンポは、音楽作品の感じ、あるいは雰囲気とい.ったものに、大きく影響する。1キロ余りの距離のところを、歩く時の気分と走る時では違うだろうし、そう考えれば、這いつくばっていけば更に気分が変わるだろう。「くるみ割り人形組曲の、ロシアの踊り(トレパーク)を聴いてみよう。テンポが生み出すエキサイティングな雰囲気に満ち溢れているぞ(CD8曲目)。 

 

(32最下行→38ページ) 

 

曲のテンポが終盤で更に加速することに注目しよう。これをアチェルランドという。自動車のスピードを上げる「アクセル」というペダルと、同じような言葉だね。大抵の楽譜には、アチェルランドのように、テンポのことを言っているイタリア語が載っている。例えば「ラルゴ」は「ゆっくり」、「ヴィヴァーチェ」は「生き生きと」(僕なんかは「超速く!」って言ってしまうけどね)、そして「アレグロ」は「程よく速く」だ。 

 

この曲をもっとゆっくり演奏すると、全く違う曲に聞こえるぞ。そして演奏しながらテンポを速くしたりおそくしたりすれば、テンポが曲の雰囲気作りにどんな効果を与えるか、がわかる(CD9曲目)。 

 

管弦楽吹奏楽について 

 

ミュージシャンが集まって演奏するグループのことを、オーケストラとかバンドとか言う(でも大体12人を切る位の人数から、実際の人数にちなんだ名前で呼ばれる。二人ならデュエットとかデュオといい、六人なら六重奏、七人なら七重奏、といった具合に)。ベース以外に弦楽器(バイオリン、ヴィオラ、チェロ、といったところ)があるなら、管弦楽で、なければ吹奏楽、だ。 

 

現代では、管弦楽の規模は25~100以上、と言った処だろう。演奏する曲によって人数は変わる(プロコフィエフの「古典交響曲」は比較的少人数、アイヴスの「アメリカの主題による変奏曲」は大人数)。管弦楽は歴史上、はじめの頃(約300年前)は、メンバー全員が弦楽器だった。それで今日でも、大抵の管弦楽は弦楽器が半分以上を占めているんだ。四つの基本の弦楽器(音域が高い方から低い方へ並べてみる)は、バイオリン、ヴィオラ、チェロ、ダブルベースだ。管弦楽ではバイオリンが、どの楽器よりも人数が多い。そして二つのパートに分けられる。第1バイオリンを上のパートとして、下が第2バイオリン、というわけだ。 

 

(35ページ) 

 

管弦楽は、機能が向上し、規模が拡大するにつれて、弦楽器以外で更に三つの楽器群を加えるようになった。基本の木管楽器群、これは全て、楽器の中に息を吹き込んで演奏する。順に、フルート、オーボエクラリネットバスーン、だ。基本の金管楽器、これも吹く楽器だが、マウスピースの内側に唇が入る形で演奏する。トランペット、トロンボーン、ホルン、テューバ、だ。打楽器群は、木管楽器金管楽器以外のほとんど全ての楽器がそれに入る。大抵は、太鼓、シンバル、そして、その他叩いて音を鳴らすもの - ピアノも、このグループに含まれている! 

 

(36ページ) 

 

吹奏楽は、管楽器から弦楽セクションを除いたものだ、と思えばいいだろう。代わりに、他の楽器を加えるんだ。木管セクションへは、様々なサイズのクラリネットや、多彩なサックス。金管セクションへは、様々なサイズのテューババリトンユーフォニアム、スーザフォーン)だ。 

 

管弦楽はヨーロッパで生まれたものだ。その一方で、フレッチャー・ヘンダーソンデューク・エリントンといったようなミュージシャンは、ジャズ演奏のために、それまで存在しなかった、アメリカ独自のオーケストラを発展させたんだ。ジャズオーケストラ、あるいは、ジャズバンドとは、ミュージシャン達が様々な音楽の主題に乗って、一緒にインプロバイズする楽団のことだ。その主題の多くは、ブルース形式に則って(そうでないのもある)、そして例外なく、ブルースの雰囲気とスウィングのリズムで演奏される。木管セクションにはクラリネット、サックス、金管セクションにはトランペットかコルネットトロンボーン、そして時にはテューバやその他の低音金管楽器が入っている。打楽器セクション - これは基本の役割がスウィングリズムを作って保ち続けることから、リズムセクションと呼ばれることの方が多い ― ベース、ドラムス、ピアノ、だ。 

 

(解説) 

improviseインプロバイズする:演奏中、その場その場で音楽を創り上げてゆくこと。大抵の場合、曲に出てくるフレーズを部分的に使ったり、作曲者がその曲で使っている形式を利用して行う。周りとの調和を最も大切にする。 

 

管弦楽吹奏楽が人前で演奏する時は、大抵、舞台上、あるいは別の広い場所に、半円状に席をセッティングし、その時、全員が指揮者やバンドリーダーの方を向くようにしているものだ(勿論、マーチングバンドは例外。リーダー、あるいはドラムメジャーの後ろをついてゆきながら、通りを、あるいはフィールドを進んでゆく)。管弦楽は、まず弦楽器はたいていの場合客席から見てステージの左の方に高い音域のパートがいて、右の方へと順に音域の低いパートが並んでいる。木管楽器は中央に横並びになって、まっすぐ指揮者の方を向いている。その後ろに、やはり横並びになって金管楽器がいる(金管の方が音が大きいからね)。打楽器は、その時々の指揮者の好みの場所に配置される。指揮者の向こう正面で、全体の一番後ろにいることが多い。打楽器奏者の多くは立って演奏し、本番中も沢山動き回る。曲中、色々なところで色々な楽器を演奏するからだ。 

 

指揮者は、管弦楽吹奏楽で、前に立って両手を振り、曲の拍子や表情を伝えるんだ。奏者が拍の位置を見やすくするために、たいていは指揮棒を持っている。指揮者の仕事はリズムが演奏中流れ進む中で、正確なポイントを押さえて、奏者全員が一体感を保てるようにすることと、奏者が、自分の出番で確実に音を鳴らせるようにしてあげることだ。言ってみれば、楽器プレーヤーが自分の楽器を演奏するように、「楽団丸ごと」という楽器を指揮者は演奏するって感じかな。 

 

(37ページ) 

 

当たり前のことだけれど、管弦楽吹奏楽も、奏者が多くなるほど、指揮者は楽団から距離を置いて独立する必要性が大きくなる、というものだ。実際、歴史上管弦楽というものが生まれた頃は、今のように前に立って指揮だけをする役割の人など、いなかったんだ。奏者は、首席バイオリン奏者かチェンバロやピアノ奏者をじっと見て、演奏の「出」と「止」のタイミングを取り、アンサンブルが崩れないよう一体感を保った。管弦楽の規模が150年くらい前から大きくなり始めたのにあわせて、楽器の演奏をしない指揮者を置くようになったんだ。 

 

実際、今日多くのジャズバンドは、指揮を専らする人を立てたりしない。というのも、ジャズでは、ドラムが指揮の役割を果たしているからなんだ。ジャズバンド、あるいはジャズオーケストラのリーダーと言えば、トランペットのトップ奏者(例:ルイ・アームストロング…左写真)、ソロ・サックス奏者(例:ベニー・カーター)、ピアノ奏者(例:デューク・エリントン)、あるいはヴォーカリスト(例:ビリー・エクスタイン)あたりかな。 

 

(38ページ) 

 

基本リズム 

ここまで、音符が踊る、とか、ステップを踏む、とか、そんなようなことを見てきたね。実際「くるみ割り人形組曲は、バレエだ。つまりこの曲に合わせて人が踊るってこと。よく「このビートは踊っちゃうよ」とか「このビートイイね」なんて聞くよね。でも、ここで言う「ビート」って何のことだろう?今まで見てきた、拍子に乗って、踊り、スキップしているリズムのことではない。あれは、ビートが沢山集まったものだ。「このビート」とは、「基本リズム」のことだ。音楽の肉体労働者、仕事は辛く安月給。道路の路面みたいに、人々は毎日そこを歩いているのに、気にも止められない。 

 

しかし基本リズムは、どちらにしても、それだけでは退屈なものだ。パンも、トマトも、マヨネーズも、レタスも、あのヨレヨレのピクルスだってちゃんとあるのに、ハンバーグが挟まっていないハンバーガーみたいだ。「くるみ割り人形組曲の「金平糖の踊り」。これの基本リズムだけを演奏しても、すぐに飽きてしまうだろう。楽譜にかかれた見た目からして、既に面白くも何ともないしね(楽譜3、CD10曲目)。 

 

逆に、基本リズムなしで「金平糖の踊り」を演奏したら、パンも、ケチャップも、マヨネーズも、あるいはトマトも、当然、ヨレヨレのピクルスもない、ハンバーグだけ食べてるみたいだ(CD11曲目)。 

 

基本リズムは、曲の拍子感を作り、それは聴き手の感じ方も変えてしまう。自分の心臓の音を確認するは、じっと耳を澄ませるよね。それと同じように、曲の基本リズムを聴く時も、じっと耳を澄まそう。例えば、「金平糖の踊り」には、二つの異なる基本リズムがある。これが交互に代わる度に、曲の雰囲気も変わる。曲全体を通して、基本リズムの変化は、音楽の雰囲気を変化させるんだ(CD12曲目)。 

 

(40ページ) 

 

リズムと言えば、真っ先に頭に浮かぶのは太鼓だ。大抵リズムだけ。メロディなんか弾かないから、というところかな。管弦楽では、太鼓は打楽器セクションにいて、軍楽隊が演奏するようなマーチみたいな曲でもない限り、太鼓も、シンバルも、他の打楽器も、リズムを刻み続けるのではなく、飾りつけ、色付けに使われる。 

 

ジャズバンドの太鼓は、様々な大きさの太鼓と、色々な種類のシンバルを、文字通り組み合わせたものだ。ドラムセットが主役となる、いわゆるリズムセクション、ここにはピアノとベースも含まれる。この三つは、列車でいうと、エンジン、車輪、車体のように、ジャズバンド全体を、押して、こいで、引いて、動かすものなんだ。 

 

(41ページ) 

 

ジャズバンドの太鼓は列車のエンジンの様なものだ。ドラムセットはバンドに推進力を与えて、ドラム奏者は、たった一人で、全部の楽器をドラムセットの元でまとめあげて、そして全体の基本リズムを彼らに対して伝えるんだ。 

 

管弦楽では、シンバルは、色付けや、それから聴衆をびっくりさせるために使われる。ジャズバンドでも色付けに使われることはあるけれど、大半はちゃんと「演奏」される。リズムと動作:飛んだり、跳ねたり、ジャンプしたり、スキップしたり、これらを例えて話してきたよね。ジャズバンドのドラム奏者は、シンバルを「スイスイ走らせる」:ティン・ティンティ・ティン・ティンティ・ティンってね。時々思いっ切りひっぱたいて、音を強調したり、あるいは他のプレーヤーたちをハッとさせるんだ(CD13曲目)。 

 

ベースは列車の車輪の様な役割をもつ。列車は全体が車輪の上に乗っている。同じように、音楽全体がベースに支えられているんだ。ベースとドラムスの関係は、列車の車輪とエンジンの関係と同じ。列車はエンジンから推進力を得て、車輪に乗って走ってゆく、ってわけだ。 

 

(42ページ) 

 

ベースはひたすらベースを「歩かせる」。ドゥン・ドゥン・ドゥン・ドゥンディ・ドゥンといった具合にね。人が颯爽と歩く感じがするね(CD14曲目)。 

 

ベースとドラムスは、途切れることがほとんどなく演奏し続ける。リズム感を創り出して、バンド全体がその中で演奏するんだ。高い音のするシンバルと、低い音のするベース。この二つが、バンドが演奏する音の範囲(音域)の上限と下限を決めることになる。 

 

ドラム奏者が高い音のするシンバルをスイスイ走らせ、ベース奏者が低い音のするベースを歩かせる時、これを「スウィングする」と言う。これこそジャズバンドの真骨頂。スウィングは、ジャズ音楽の基本リズムだ。スウィングの出来の良さは、ドラム奏者とベース奏者の協調性、別の言い方をすると、「シンクロする」具合がどんなものか、そしてこの二人の奏者が持つ気迫の強さ、で決まる。 

 

さて、ここでピアノを加えよう。ピアノは列車の車体のようなものだ。列車に形を与えるものだね。そして、ピアノは伴奏する。あるいは、ジャズミュージシャンなら「コンプする」と言う。ピアノはリズムをインプロバイズする。ドラムとベースの上にバッチリハマるようにね。警笛みたいにね(CD15曲目)。 

 

(44ページ) 

 

あるいはベースとドラムの(上ではなく)内側にハマるよう、ピアノはリズムを演奏し、エンジンであるドラムスをパワーアップし、その力で列車であるバンドを前へと進める。車体があるから列車の見栄えが良くなるのと同じで、ピアノがリズムセクションの印象を良くするんだ。デューク・エリントンの「ボルガ・ボゥティ」と言う曲では、リズムセクションが情熱をもってバンドを前と進めてゆく(CD16曲目)。 

 

リズムの演奏に欠かせないもの、それは情熱。情熱とソウル(魂)だ。ソウル、とは、ミュージシャンは聴く人が最高の気分になるよう演奏するべきだ、ということだ。人に褒め言葉や励ましの言葉をかけたり、的確で真心を込めた助言をするようなものだ。さて、ここまでずっと、リズムの技術的なことを見てきたけれど、実はリズムの演奏には、スポーツの試合で頑張るのと同じ気持ちが必要なんだ。ゆっくりな曲や悲しい曲をを演奏する時であっても、リズムは歯切れの良さを失わず、気持ちを充実させて演奏しなくてはいけない。チャイコフスキーの「葦笛の踊り」とエリントンの編曲版では、二つの形式は違っているけれど、プレーヤーがリズムを情熱をもってソウルフルに聴き手に訴えかけなくてはいけないのは、どちらも同じだ(CD17・18曲目)。 

 

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デューク・エリントン 

エドワード・ケネディ・エリントン、通称デューク。20世紀の作曲家の中では、作品の数も形式の多様性も、群を抜いていました。その業績は音楽史に燦然と輝き、55年間、作曲家として活躍し続けたその極め付きが、1964年の「極東組曲」、1970年の「ニューオーリンズ組曲」、そして1957年の「サッチ・スウィート・サンダー」という後期の代表作品です。 

 

エリントンは1899年4月29日、ワシントンD. C.で生まれました。当時のアメリカ大統領は、ウィリアム・マッキンリーでした。両親は二人ともピアノを弾いて、エリントン自身も小さい頃ピアノを習い始めました。少年時代に興味を持っていたのは、音楽、そして絵を描くことと、スポーツ(野球仲間の一人が(10代の、同じ少年です)、キリスト教の洗礼を施してあげて、デュークと命名してくれました。エリントンは、この名前をニックネームとして生涯大切にしました)。しかしデューク・エリントンは、高校を卒業する前から、既にワシントン中のパーティーやクラブのダンスバンドで、ピアノを弾いて評判をとり始めていたのです。 

 

1923年までには、デュークはニューヨーク市へ居を移し、自身のバンド「ワシントニアンズ」を結成、「ケンタッキークラブ」でレギュラー出演をするようになっていました。1927年から1932年までの5年間、デュークと彼のバンドは、人数も5人から10人に拡大し、ハーレムの、名門「コットンクラブ」での出演に抜擢されました。その頃までに、レコードを量産しベストセラーに。当時のレコードは片面3分間の録音が可能でした。1930年発表の「ムード・インディゴ」は、世界中でヒットする作品となったのです。 

 

1939年、デュークは、ピッツバーグ出身の、ピアニストで作曲家の、ビリー・ストレイホーン(1915-1967)と出会います。後にアシスタントピアニスト、アレンジャーとしてデュークの片腕となってゆきます。200以上のエリントン楽団の作品の、作曲・補作を手掛け、その中には、楽団のテーマ曲「A列車で行こう」(1941年)もあります。 

 

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シンコペーション 

最後に、リズム感を出して演奏する、最高の方法の一つを見てみよう。シンコペーションという。うんと簡単に言うと、「予想外のことをする」ってことかな。例えば、君がかぶっている帽子のつばを、横向きにしたとする。これが、言うなればシンコペーションのかかった帽子、というわけだ。シンコペーションというのは、音楽のフレーズの雰囲気を変えることができる。これは丁度、文中の語句の一部を抜いたりするようなものだ。スポーツ番組のアナウンサーが言いそうなセリフ「さぁ、ボールを捕った!現在5ヤードから10、15、25、30、35、40、45、50ヤード、走る走る、タッチダウンか・・・あぁっと転んだ!鼻を折った模様です!」これがシンコペーション。予想外の展開、というやつだ。 

 

語句の省略を行うと、リズムの変化がついて、聴き手の注意を引きつけ、気分も元気になる。さて、これを音楽でやるとどうなるか。その瞬間に演奏されているリズムパターンに、わざと反するようなことをするんだ。拍や休符にメリハリをつけると、拍子ができる、という話を思い出そう。他の人達が1,2,3,4というリズム感で行進しているところへ、君が出てきて、1,2,3と行進する。これがシンコペーションってところかな。それまで誰もアクセントをつけていなかった拍にアクセントをつけるのだから、それこそ、予想外の展開、というやつだ。 

 

チャイコフスキーは「金平糖の踊り」の基本リズムに、シンコペーションを用いている。ある拍にアクセントがついて曲が始まり、やがてアクセントの位置が変わる。まず1拍目にアクセント、そして次に2拍目の裏にアクセント、と言う風に変化する。拍の裏を強調するのがシンコペーションで、それが不規則に繰り返される。だから二重にシンコペーションがかかっている、と言えるかもしれないね(CD19曲目)。 

 

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実は、「くるみ割り人形組曲の、デューク・エリントン版それ自体が、原曲のシンコペーションなんだ。原曲を知っていれば、編曲版は、ひたすら予想外のことの繰り返しだもんね。例えば、チャイコフスキーの「序曲」では、アクセントは1・3拍目にある。エリントン版では、同じ主題がトロンボーンで2・4拍目にアクセントつけて演奏される。これは「後打ち」と言うんだ(譜例5)。「後打ち」は、今聞かれるポピュラー音楽のほとんどに用いられている(CD20、21曲目)。 

 

「序曲」のエリントン版では、メロディのリズムは、他にも拍の裏の部分に、各楽器とも音を入れてアクセントがつけられている。 

 

リズムにシンコペーションをつける方法は沢山あるけれど、大抵、聴く人の心を意外性でつかんで、楽しい気分にさせてくれる。 

 

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さぁ、リズムについてのまとめだ。頭に入れておこう。 

 

1.音楽の「顔」はメロディだけれど、メロディはリズムなしでは成り立たない。 

2.拍と休符にメリハリをつけて、奇数あるいは偶数の「拍子感」を出してゆく。 

3.拍子は小節線で区切られていて、リズムの動き - 踊る、弾む、スキップする、飛ぶ、くすぐる、など - をきちんと並べて構成してゆく。 

4.テンポ、とは、「速く」「ゆっくり」「少しだけ速く」など 

5.アクセントの位置や間の取り方を変化させることで、リズムを出す。バスケットボールのドリブルのように。 

6.基本リズムは、大変な割には報われない。しかし、音楽に活力を与えて、盛り上げてゆくためには、なくてはならないものだ。 

7.ベース、ドラムス、ピアノ、彼ら「リズムセクション」は、スウィングするのが仕事だ。 

8.リズムは、どんな時でも、情熱とソウルをもって演奏されるべきものだ。 

9.シンコペーションは、予想外の音にアクセントを置いて演奏するやり方だ。 

10.そして、動きがなければリズムが出ないし、音楽にならない。リズムは音楽の基本だ。 

 

頭に入ったかい?では、その確認をしよう。チャイコフスキーの「くるみ割り人形組曲の、「小さな序曲」と、そのジャズ編曲版、勿論、デューク・エリントンとビリー・ストレイホーンが作ったもの。これらを聴いてみよう。まぁ、一つも思い出せなくても、このスウィング感たっぷりの名曲を聴いて、楽しんでほしい。 

 

 

 

 

 

 

第2章  聴きどころを逃さずに:形式について 

 

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僕がジャズとクラシックの両方を演奏するんだ、というと、決まって言われること「そういうジャンルの音楽って、聴くのが辛いんだよね。あ、誤解するなよ。色々と良いものなんだろうけどさ、何しろ長いし退屈でね。」そういう気持ち、分からなくもない。僕の父はジャズミュージシャンだった。で、僕は子供の頃、父の演奏を聴きに行くのが、好きになれなかったんだ。ましてや、あの長い長いオーケストラのコンサートなんか、論外。演奏の内容が、何を言いたいのか、ひたすらコロコロ変わっていく気がしたんだ。どこに集中したらいいか、さっぱりわからなかった。 

 

そんな頃、「You're the one for me, baby」という曲が、ラジオから流れてくるのを何回も聞いているうちに、僕はわかったんだ。僕にとっては、これこそが本当の音楽。同じビートやフレーズが繰り返されて、合間に、ちょっと変わったものを挟む、という演奏だ。 

 

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さて、この章で取り上げる音楽を通して、優れた文学作品の手法というものを見てゆこう。そして、名作を楽しむためには、登場人物とその関係に注意していなくてはいけないのと同じように、演奏時間の長い音楽作品を楽しむには、そのテーマを把握して、変化についてゆき、再現されればそれに気づく、これが必要だ、ということを学ぼう。 

 

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形式、それは、曲の中に出てくる色々なアイデアをまとめる方法のことだ。僕達は毎日形式と一緒に暮らしている。と言っても、あまりに身近すぎて、ピンと来ないだろう。食事は、朝に朝食、昼に昼食、夜に夕食をとる。そして、一日の終わりにベッドに入る。次の日も同じ。同じ形式を毎日なぞっているよね。 

 

特に何もない普段の日を過ごす中で、沢山の形式をなぞっているんだ。例えば、午前8時に数学、午前10時に国語、午後1時に歴史の授業があるとしよう。これは学校がある日の形式で、起床、食事、就寝を決まった時刻にする、という形式と、並行して行われる。 

 

日によっては、他の形式と入れ替わることもあるだろう。平日なら、学校の形式に従う。でも決まった曜日にだけ行われる授業ってあるよね。だから、月曜日と木曜日は違う形式をなぞるんじゃないかな。じゃぁ、こういうのはどう?午前中ずっとテレビでアニメを見て、残りはずっと遊んで、あとは寝る、というのは?そう、これはきっと週末のことだね。形式が頭に入っている、ということは、何がいつ起きるか知っているということだ。そして形式は繰り返し起こるから、それを自覚することができる、というわけだね。 

 

聴いたことのない曲をひも解いてゆく、ということは、新学期の初日みたいなものだ。何が起きるか、正確にはわからないけれど、予定表があるので、それを見れば、大体のことは理解できるよね。学校での毎日が予定表を元に繰り広げられてゆく、これと全く同じように、演奏時間の長い音楽作品も、形式を元に繰り広げられてゆく、というわけだ。そして、その作品の形式を知っている、ということは、予定表が手元にあるようなものだ。形式のことが分かれば、曲を聴いていて、次々と耳に入ってくることが、それぞれ何なのか、ちゃんとわかる状態になっているわけだ。ということは、「ややこしい」ことは、「わかりやす」くなるだろうし、「つまらない」ことは、「面白」くなるだろう。となれば、どちらかと言えば演奏時間が長い作品を魅力的なものにしている要素が見えてくるし、長い作品が繰り広げられてゆくのを聴く楽しさを知るだろう。じっと座って退屈して、「ま、いいんじゃないんですか」と、心にもないお世辞を言わなくて済む。 

 

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ソナタ形式 

まずは、ソナタ形式と呼ばれるものから行ってみよう。ソナタ形式は、4・5階建てのショッピングモールの中を歩いて回るようなものだ。駐車場脇の1階入り口から、上に登って、色々なフロアやショップをぐるっと回り、そして1階、つまりスタートへ戻る、という音楽散歩だ。 

 

この散歩は三つの部分から成る。主題提示部、展開部、再現部、だ。一旦聴くポイントをつかめば、さほど難しくない。ついていくのが一番キツいのは、最初の部分だ。理由は簡単。ここで大事な主題を、掴んで覚えなくてはいけないからだ。小説やなんかのストーリーを追いかけるようなものだ。 

 

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ソナタ形式の作品は数多い。管弦楽ソナタ形式の曲を演奏すれば、それは交響曲という。一つ、二つだけの楽器による演奏なら、単にソナタ、という。さあ、ここではロシアの作曲家、セルゲイ・プロコフィエフの「古典交響曲」、この曲のストーリーを追いかけてゆこう。どんな結末が待っているか、お楽しみに。 

 

主題提示部 

この物語は、どうしても最初の部分が厄介だ。登場人物は誰か、何をしようとしているのか、それを掴まなくてはいけないからね。プロコフィエフの「古典交響曲」には、二人の登場人物、つまり、二つの主題が出てくる。まずはメインとなる主題(譜例6、CD24曲目)、次に、それとは明らかに異なる主題、名前はシンプルで、第二主題という。(譜例7、CD25曲目)これだけを、ソナタ形式の主題提示部で演奏するというのなら、主題を掴んで覚える、なんてことを気にする必要はないだろう。たった8秒で演奏は終わってしまう。 

 

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この物語、ショッピングモールの話を、読み手に気に入ってもらいたいわけだから、「ショッピングセンターに行って、ハムスターを買った」とは、いかないだろう。十分中身がないのだから、良い描き方ではない。この話を面白くするには、もっと描きこんでいかないとね。どこのショッピングモール?どんなハムスター?いつの話?みたいな、ね。音楽では、メイン主題と第二主題、これが表現豊かになるためにも、主題を展開させて演奏してゆこう。色々な楽器を使ったり、何らかの方法で主題を変化させたり、それでもなお、元々の主題の性格や雰囲気は、しっかりキープするんだ。 

 

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これを実際どうするのか、メイン主題で見てゆこう。メイン主題は四小節間、バイオリンで演奏される。譜面を見て分かる通り、この主題の最後二小節のところで、メロディは上下する(譜例6a)。作曲したプロコフィエフは、この上下する動きを使い、ちょっと形を変えたメロディを作った。メイン主題と関係はあるけれど、全く同じというわけではない。自転車のシートをハンドルを新しくして、色を塗り替えたようなものだ。同じ自転車だけれど、見た目が変わっている、みたいな、ね。メイン主題の形を変えて、バイオリンではなく、フルート、オーボエバスーンで演奏している(譜例6b、CD26曲目)。  

  

ン主題のことが分かったところで、次は第二主題について。でもここで、大切なポイントを一つ。第二主題は、初めに出てきたメイン主題の五度上の調だってこと。この、「調が変わる」というのは、ソナタ形式の一番の特徴なんだ。  

  

調の違いは、説明よりも、実際に聞いてみる方が、ずっとわかりやすい。合唱をしている人達がいたとする。一人でも異なる調で歌っていれば、すぐに気づくだろう。その人だけ聞けば良いかもしれないけれど、他の人達とは調和しないだろうからね。調は12個あって、それぞれアルファベットの文字で名前が付いている。そして一つ一つの調は、大きなホテルの一つ一つの部屋だと思ってみてくれ。曲を演奏するにせよ、作曲するにせよ、ある調から別の調へと移ってゆくわけで。ホテルの中で部屋から部屋へ巡り歩いてゆくようにね。各々の部屋の広さは同じだが、中にあるものが各々違っている。その違っているもの、とは、♭(フラット)そして♯(シャープ)と呼ばれるものだ。音を上(♯)や下(♭)へ変化させることで、新しい音が得られるんだ。そしてこの新しい音が、異なる調をもたらしてくれる。ロ調があれば、変ロ調があったり、ヘ調があれば嬰へ調がある、等々。  

  

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この曲のメイン主題はニ長調だ(譜例6)。第二主題へとたどり着くには、五段階段を上がりイ調へ行く。五段がどれくらいの跳躍か?「きらきら星の歌」を歌ってごらん。最初の「きら」と二番目の「きら」の間が五段だ。  

  

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音楽の専門家でなくても、楽譜を見れば、この二つの主題の聞こえ方が異なるってことは、ちゃんとわかる。メイン主題は、沢山の音符が密集しているのに対し、第二主題の方は、音符と音符の間の音の高低が、メイン主題よりも、うんと広いんだ。  

  

主題提示部をコンパクトにしたものを聴いてみよう。メイン主題から第二主題へ移り変わるのがわかるかな(CD28曲目)。  

  

この二つの主題が、ソナタ形式を持つこの曲の主題提示部で心臓部になるんだ。でもちょっと待って!主題から主題へ移り変わる方法を忘れちゃいけない。これを「経過部」と言うんだ。ここで話をショッピングモールのハムスターの物語へ戻そう。物語を面白くするためには、話が進むに従って、細かな描写や説明、観察といった方法を使って、言葉・文字を埋めてゆき、変化させてゆかなくてはならないよね。「ショッピングモールに居て、ハムスターを買った。」ではなく、こんな感じかな。  

  

「土曜日にショッピングモールに行った。友達とゲームをしようと思っていた。五階の、ゲームコーナーの反対側、丁度エスカレーターの傍に、ジョーンズペットショップがある。ここで僕は、世界一可愛いんじゃないだろうかっていう位の子犬を見かけた。欲しかったけれど、ポケットには、ショボいハムスターを買うのがやっとの小遣いしかなかった。でも次の瞬間思った。ハムスターも悪くない。どこへでも持ち歩けるじゃないか。子犬はポケットには入らないしなぁ・・・と。」  

  

一つの場所から別の場所へと動き回る方法:エスカレーターだの、徒歩だの、これのおかげで話の内容はより分かりやすくなるし、面白味も出てくる。でもクラシック音楽の動き回る方法、つまり経過部は、やっかいだ。どこから現れて、どこへ向かっていくのかを、追いつくのが難しい。音が入り乱れている所から、ポンと抜け出して、次の場所へと行ってしまう。そんな感じがするものだ。  

  

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経過部の中でも短めのものは、「古典交響曲」の中に出てくるものでは、二・三小節位しかなかったかもしれない。それもともっと短かったかも(CD29曲目)。  

  

こういった短いパッセージの中では、どこへ向かっているのか、という方向感覚をキープするのも結構楽だ。しかし長いパッセージの中にいると、結構大変なことが増えてくる(CD30曲目)。  

  

長い経過部は、ついて行くのが、うんと難しい。二つのメインの主題の方が、まだ楽だ。でも、この経過部があるおかげで、スムーズに一つの主題から次の主題へ移れるし、曲が進んでゆくにつれて、様々な面白くて楽しいサウンドを経験できるんだ。経過部というのは、乗り物の乗り換えみたいだ。一つの場所を出発して、もう一つの場所へと向かう、そんな感じがするよね。  

  

そういえば、曲の出だしと終わりの部分のことを話すのを忘れるところだったよ。でもこれらは、この曲では解り易い。プロコフィエフは、主題提示部の出だしに小さな飾りつけをしている。「〇〇様!」とか「〇〇閣下!」みたいな、呼びかけの様な感じだ(CD31曲目)。そして「ジ・エンド」と、はっきりわかる終わり方。調は元々の調より五度上だ(CD32曲目)。  

  

プロコフィエフの「古典交響曲」の、主題提示部を聴くにあたっては、集中して、メイン主題、経過部、そして第二主題へ、と聞いてわかるようにしよう。初めのうちは、聞き漏らしがあっても気にしない!泳ぎやスケボーを覚えるように、形式が長目の音楽に挑戦しないとね。コツをつかむには、二度、三度と聞き込まないと。他の物事と同じように、練習が必要だ。 

 

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展開部 

 

次は展開部。ここれは二つの主題が、文字通り、放り投げられ、ひっくり返され、ひねられることで様々な形や調に変えられてゆく。面白くなってくるし、その分ややこしくもなってくる。目まぐるしく変化してゆくから、本当に注意してついて行かないといけないぞ。さてこの部分、ハムスターの物語に置き換えると、展開部とは、新しく買ったハムスターとのドタバタ騒動みたいなものを描く処かな。こんな感じで。 

 

「ペットショップで買ったハムスターは、小さなカゴに入れて渡された。これを上着のポケットに入れたら、どうだろう、なんて思ったものだから、カゴをあけて外へ取り出してみたんだ。ハムスターはビビっていた。そりゃ、僕とは初対面だから当たり前。で、カゴを開けた途端、外へ飛び出してしまった!おかげで、あのでかいショッピングモール中を追いかけまわす羽目になったよ。やっとこさ捕まえたのが、一階まで降りたところにある「J.C.ペニー」っていう店の入り口のそば。ペニーの店に飛び込まれていたらどうなっていたことか・・・。なので、僕は「ペニー」と、そのハムスターに名前を付けちゃったよ。」 

 

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わかるかな?この物語、読み手をひきつけるには、話の展開上ネタとなることを、できるだけたくさん描き込んでゆかないとね。でも気を付けて!多すぎると、死ぬほどウンザリするし、少なすぎると、訳が分からなくなる。バランスの取れたネタの量にしたいよね。音楽だって同じこと。 

 

作曲家が心行くまで、二つの主題に手を加えつくしたら、展開部は終わる。その作曲家プロコフィエフの、手の加え方を、いくつか見てみよう。はじめに、メイン主題を、マイナー(短調)と世間でよく言われる調で、新しいサウンドにしてしまっている(CD33曲目)。大元と、ほぼほぼ同じ聞こえ方がする。大元はメジャー(長調)だったね(CD24曲目)。 

 

この二つの主題、一緒に演奏してみると、違いがしっかり聞こえてくる。ほとんどブルースみたいな聞こえ方だ。ブルースというのは音楽形式の一つで、これは後でまた見てゆこう(CD34曲目)。次にプロコフィエフは、メイン主題を変化させたものを、フルートとバイオリンの間で、行ったり来たりさせている(CD35曲目)。そして第二主題だ。覚えているかな?このデリケートなメロディを(CD25曲目)。ここ展開部では、全く異なるキャラになっているぞ(CD36曲目)。 

 

なぜか?それは、プロコフィエフが拍の位置を替えたからだ。主題提示部では、第二主題は一拍目が強拍だ(譜例7、CD25曲目)。で、これが二・四拍目が強拍で、しかも調まで替わるのが、ここ展開部(譜例8、CD36曲目)。一拍目に強拍、とは、水の流れに乗って舟を漕ぐようなもの。これに対し、二・四拍目に強拍、とは、水の流れに逆らって舟を漕ぐような感じだ。 

 

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そして木管楽器、それからオーケストラで一番偉いトランペットが、第二主題を強拍一拍目で鳴らし、一方、二拍目に強拍を置いてバイオリンが演奏する。流れに乗る人と流れに逆らう人が、同居しているんだ(CD37曲目) 

 

主題提示部にでてきたこの二つの主題を駆使して演奏を進めてゆく。これが展開部のミソだ。ショッピングモール中ハムスターを追いかけ回し、やっとのこと、一階まで降りたところだ。そしてこれを無事に捕える。この二つの主題が目一杯繰り広げられたところで、展開部は終わる。そしてメイン主題に、それも元の調(ここではニ長調)に戻る。 

 

「古典交響曲」の展開部、これを聴く時の聴き処、二つの主題、つまり、主題提示部で出会った登場人物が、ひねりを加えられ、放り投げられ、ひっくり返される様子だ。 

 

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主題再現部 

 

主題再現部、さぁ、ここまでついてこれれば、一番聞きやすい処だ。二つの主題が、元の形で再び出てくるからだ。あ、でも一つだけ異なる点がある。第二主題、これがメイン主題と同じ調になっている。第二主題も最初の処へ戻ってきてしまっているんだ。ハムスターの物語でいうならば、ハムスターはジョーンズペットショップのある五階から、ショッピングモール中を追いかけっこし、一階へと降りてきた、というわけだ。この音楽の旅も、階段を五段上がって、ぐるぐる巡り、そして五段下がって、スタートした時の調へと舞い戻る、ということ。そして、明らか「ジ・エンド」と言う終結部へとやってくる。では、プロコフィエフ作曲「古典交響曲」第一楽章を通して聴いてみよう。集中して聴くポイントは、ここまで見てきたソナタ形式だ。主題提示部から展開部、そして主題再現部、このように通ってゆく中で、二つの主題がどのように登場して繰り広げられてゆくか(CD38曲目)。 

 

プロコフィエフのこの作品で使われているソナタ形式を聞きこなすことに慣れれば、ソナタ形式を持ち他の作品を聞いても、今までよりずっと楽に、ソナタ形式を聴くことができるようになるよ。ボール競技のルールや、ゲームソフトのやり方に、何か一つ二・三回取り組んでおくと、他のボール競技やゲームソフトのやり方も、大体予想がつくじゃない。あれと同じだよ。 

(語句と文法:数字は行数) 

19.Once you get comfortable identifying this form in the Prokofiev, you'll be able to  hear it much more easily in other pieces that follow sonata form一旦このプロコフィエフの作品でのソナタ形式を聴き取るのに安心出来たら君はソナタ形式を持つ他の作品においてもソナタ形式を聴くことが出来るようなるだろう:分詞構文(identifying) 関係詞(other pieces that follow) 

 

(71ページ) 

 

セルゲイ・プロコフィエフ 

 

セルゲイ・プロコフィエフは、1891年4月27日、ロシアのソンツォフカに生まれました。当時のロシア皇帝は、アレクサンドル三世。チャイコフスキー1881年に、この皇帝の為に戴冠式行進曲を献呈しています。プロコフィエフの父は、モスクワ出身の農業技術者だった人で、大きな農場の管理監督の仕事をしていました。この農場はウクライナ地方にあって、普通に「都市」と呼べる町が、一番近い所でも数百キロは離れている、という僻地でした。最寄りの駅、でさえ、40キロ離れている有様でした。母は、実の父親が1861年農奴解放令以前はサンクトペテルブルク農奴であった境遇にも拘らず、高い教育を受けた女性でした。アマチュアながらピアノが上手で、赤ちゃんだったセルゲイを寝かしつけるのに、ベートーベンのソナタショパンのワルツを弾いて聞かせたといいます。 

 

プロコフィエフは幼い頃、自宅で、母親と地元のピアノの先生たちから手ほどきを受け、音楽の感性と才能を伸ばしてゆきました。時々モスクワやサンクトペテルブルクへ行く機会があると、両親は努めてセルゲイに、オペラや演奏会を見せたり、大物音楽家と会う機会を作りました。この音楽家達が音楽院への進学を勧めてくれたのです。まず、作曲の勉強を郵便でやり取りし始めました。1904年、13歳の時、セルゲイはサンクトペテルブルク音楽院に入学を許可され、母親も同行し住まいを移したのです。 

 

プロコフィエフは優れたピアニストとして開花し、作曲家としては、当時の保守的な人々にとっては衝撃的な現代的な作風を打ち出しました。10年間在学の後卒業するまで、二つのピアノ協奏曲を含めて15作品を完成させ、上演も果たしたのです。「ピアノ協奏曲第2番」は、1913年の初演の際大きな波紋を巻き起こしました。教授会が嫌悪感を示すも、プロコフィエフはガンとしてこれを演奏し、卒業試験で一等賞を獲得したのです。 

 

(72ページ) 

 

「この長い曲、何がどうなのか分かったとして、そこから何を学べばいいの?」と思っているんじゃないか?そう、長い形式の曲を聴くことで、君の物事に対する集中力が鍛えられるんだ。何しろその長い曲の中身について行くには、注意力を切らしてはいけないからね。仕組み、全体の形、内容がどう展開し互いに結びついているか、そんなことを聞く方法を教えてくれるんだ。長い音楽形式を学ぶと、人との会話の進め方を身に付けることが出来る。曲の中に出てくることは、それぞれお互い呼びかけ合っているものだし、そして、音楽の形式を理解するには、とにかく「聴く」ことが必要。人との会話もそうだね。そしてまた、作曲家の頭の中がどうなっているのか、覗けるし、そして多くの場合、君自身が知らなかった、より大きな、人間の感覚や積み重ねてきた経験の世界へと、君を連れて行ってくれるんだ。 

 

(74ページ) 

 

AABA形式(32小節形式) 

 

次に見てゆくのは32小節形式だ。ガーシュウィンの名曲「アイ・ガット・リズム」がその例だ。小節、とは拍の区切りだったね。例えば「アイ・ガット・リズム」のような4/4の曲では、各小節に四つ拍が入っている、ということ。八小節から成る部分が等しく四つあるこの曲の形式。ほら、8×4=32だ。だから「32小節形式」って言うんだよ。 

 

これら等しい四つの部分を、A、A、B、そしてAと呼ぶ。四つの内三つは同じ、一つが他と異なる。最初の部分を聴いてみよう。小節を八つ数えることが出来るだろう。この部分の繰り返しが、二つ目のAだ(CD39曲目)。 

 

(75ページ) 

 

Bの部分はブリッジという。Aの部分のつなぎになるからだ。実際、ここを通ると、元の主題、つまりAへ戻るんだ。でも聞くと分かるが、ブリッジの部分は、他の部分と調が異なるので、響きも異なって聞こえるだろう(CD40曲目)。 

 

そして最後のAの部分へと戻ってくる。 

 

「アイ・ガット・リズム」を演奏する時は、普通「タグ」というエンディング二小節がつく。タグ、とは、物語の終わりの処で「おしまい!」と言うようなものだ。あれは、それはそれで良いものだけど、絶対になくてはならないかというと、そんなことはない。ま、ここでは触れずにおこう。本題へ戻るよ。 

 

「アイ・ガット・リズム」とプロコフィエフの「古典交響曲」とは、何も共通点が無いように思えるかもしれない。「アイ・ガット・リズム」は、二・三分間で、「古典交響曲」はもっと長いからね。二つは大きく聞こえ方も異なる。でも、ほら、AABAの最初の二つのAが、「古典交響曲」の主題提示部で、B、つまりブリッジが展開部、そして最後のAが主題再現部って、これ、AABAはソナタ形式のミニチュア版ってことだよね。でも聞くのは、うんと簡単だ。理由その1:短い。理由その2:数えられる。そして理由その3:四つの内三つは全く同じことの繰り返し。「アイ・ガット・リズム」を聴いてみよう。この時、小節数を数えてみること。そして、いつブリッジに差し掛かったかチェックしてみよう 

 

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ジョージ・ガーシュウィン 

 

ジョージ・ガーシュウィン」はニューヨーク市のブルックリンで生まれました。時は1898年9月26日、当時のアメリカ大統領はウイリアム・マッキンリー。この一年後、デューク・エリントンがワシントンで生まれます。両親は、共にロシア系ユダヤ人でした。合衆国へ移民の後、数年後に二人はニューヨークで結婚し、ジョージが生まれました(ちなみに、父親の元々の姓は、ガーショヴィッツと言いましたが、移民手続をロシアからアメリカへ入る時にする際、係の役人が姓を簡略化した、とのことです。)ジョージには、兄、弟、妹が一人ずついました。家庭は、音楽一家というわけでは特になく、ジョージが12歳になる位までずっと、家にはピアノすらありませんでした。 

 

でもピアノすらなかった頃から、ジョージは既に、隣の家にある自動ピアノから流れてくる曲を覚えこんでしまっていたのです。なので、一家のアパートにピアノが来ると、ジョージはすぐさま兄のアイラを差し置いて、ピアノを独占してしまいます。ジョージは近所でピアノを教えている人達から手ほどきを受けました。その中の一人は、このように書き記しています「この子は間違いなく天才だ。とにかく音楽に夢中で、レッスンが待ちきれないと思っている。この子にとっては、時が経つのも関係なし、といった感じだ。」 

 

ジョージはクラシック音楽のコンサートへ足を運んだり、ショパン、リスト、ドビュッシーピアノ曲を習ったりし始めました。しかしポピュラー音楽への興味を持ち続けたジョージは、自作を書き始めます。15歳の時、母はジョージに、ハイスクールからの退学を許し、正社員として仕事に就かせてあげました。勤め先はジェローム・H・レミックミュージック社。週15ドルで、仕事は「ソングプラガー」、つまり楽曲の売込みです。レミック社に勤めていた間、ガーシュウィンはハーレムのナイトクラブへあちこち足を運んでは、名人達の演奏を聞いて学びました。その中の一人には、ファッツ・ウォーラーという、ストライド奏法を駆使するピアニストがいました。他にも様々なアメリカ独自のピアノ演奏のスタイルを、名人達から学んでいったのです。 

 

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コーラスフォーマット 

 

音楽の形式を聴き取るポイントを、この章では学んでいるよ。で、この章の初めの処で、ジャズでは演奏の中身がコロコロ変わり続ける、と言ったよね。つまり、色々なことをどんどん繰り広げていくってことなんだ。ジャズミュージシャン達のこのやり方を、コーラスフォーマットと言う。「コーラス」って聞くと、「歌う人の集団」とすぐに考えてしまうよね。「コーラス」とは、曲の一区切りの単位でもある。「アイ・ガット・リズム」の一つのコーラスは32小節だ。 

 

音楽で、コーラスの機能は、高層ビルの中で各階が果たす機能と同じだ。要は、楽曲もビルも、作り方は同じ、ということ。各階とも同じ広さで、上へ上へと積み重ねてゆき、一階、二階、三階・・・といった具合に、完成するまで重ねてゆくわけだ。仕上げに、てっぺんに尖ったオブジェをつけたり、あるいは、マンハッタンにある(訳注:あった)ツインタワーみたいに、平らにしてもいい。コーラス一つは32小節。一つのコーラスの後に同じ長さのコーラスが続き、それが繰り返されて楽曲がひとつ出来上がるわけだ。キリのいいところまでコーラスを付け足してゆく、ということ。 

 

ちょっと想像してみてくれ。高層ビルがあって、壁を取り外したら、中の構造がわかる、みたいな。各階とも中は同じ広さだよね。でも各階の間仕切りは、目的に合わせて様々だ。例えば五階に降りてみたら法律の本がずらりと並んでいたら、「あ、法律事務所だ」と分かるだろう。四階には美容室があって、レトロな櫛やドライヤー、髪にカーラーをつけた客達、顔に付いたシャンプーを拭き取るタオルがあったりね。他の階でも、そこに在る物を見て、郵便局だ、スポーツ用品店だ、医者の事務所だ、とわかるだろう。高層ビルは、この様に機能する。どこの階にしても、降りてみて、そこで行われていることや置いてある物を見れば、その空間が何のためのものか、それがわかるように、各階とも間仕切りされて構成されている。 

 

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ジャズミュージシャン達がアレンジ作品をコーラスフォーマットで演奏する時は、いくつコーラスを演奏するか、そして、それぞれの内容も決めなければならない。アンサンブルコーラス(全体合奏)、ソロコーラス(リード楽器が一つと他は伴奏)、分割するコーラス(例:前半はピアノソロで後半は金管セクションのソリ)と、こんな具合に。 

 

コーラスを九回設定する場合だと、例えば、二回目はサックスコーラス(CD42曲目)、四回目はアンサンブルコーラス、とかね(CD43曲目)。実際この構成になっている曲がある。デューク・エリントンの「コットン・テール」だ。「アイ・ガット・リズム」と形式は同じ。「コットン・テール」を聴く時は、まずAABA形式に注目。この時、特にB(ブリッジ)を逃さずにね。そしてもう一つ注目するのは、コーラスフォーマットだ(CD44曲目)。 

 

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変奏曲(主題と変奏) 

 

素晴らしい美術作品を遺したパブロ・ピカソ。雄牛を描いた作品があるが、絵一つではなく、雄牛の形に色々手を加え、伸ばしてみたり、描き足してみたり、最小限「雄牛」と分かる処までそぎ落としていったりしたんだ。最初の雄牛が元々の形、そして残りの他の絵は、元の形のヴァリエーション。絵毎に何かしら変化が成されているけれど、基本的な形は元のままだ。音楽ではこれを「変奏曲」という。帽子の形を変えずに、外側をアレンジしてみるようなものだ。 

 

例えば、アメリカの学校では、どこでも「アメリカ」という賛歌を習うだろうけれど、この 

主題なんかは変奏曲に使えるよね。この主題に、あれやこれやと手を加えて、華やかに飾りつけをしてしまおう、というわけだ。フルート、ピッコロには、音変えのキーが沢山ついているから、全部使って、くすぐるようなフレーズや、複雑な、高い音を使うフレーズなんかを吹かせるんだ。それは、飾りのついた帽子みたいに、高らかな音でカラフルな躍動感がいっぱいだ(CD45曲目)。 

 

それとも、全く異なる色を二色使って、色がぶつかるような帽子なんかも、アリだよね。曲の演奏では、主題を、異なる調で同時に、ほんの少しリズムを変えて鳴らすんだ(CD46曲目)。 

 

次に、この二つのヴァージョンを、つぶして、一緒くたに混ぜ合わせて、少しひねって、全く別の表情を作ってみよう(CD47曲目)。 

 

あるいは、基本リズムを変えて、カスタネットなんか足してしまって、闘牛士っぽくしてもいいかも(CD48曲目) 

 

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といったものを、既にやってくれた人がいる。アメリカの作曲家、チャールズ・アイヴスだ。アイヴスが作曲し、のちにウイリアムシューマン管弦楽用に編曲した、「『アメリカ』の主題による変奏曲」という作品だ。様々なサウンドや雰囲気、そして他にも色々な世界観を味わうことが出来る。管弦楽に編曲する、つまり、オーケストレーションとは、主題だとか、伴奏だとか、飾りつけだとか、そういった役割分担を、オーケストラの各楽器に割り振ることだ。例えるなら、野球チームのコーチをして、誰を、どのポジションで、試合中どのタイミングで使うかを決めるようなもの。作曲家は多くの場合、まず曲を作り、次にオーケストレーションをかける。同時進行でやることもある。チャールズ・アイヴスは「『アメリカ』の主題による変奏曲」をオルガン用に作曲した。ウイリアムシューマンはこれを聞いて、インスピレーションを受け、管弦楽用に編曲したんだ(CD49曲目)。 

 

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チャールズ・アイヴス 

 

チャールズ・アイヴスは、コネティカット州ダンバリー生まれ。1874年10月20日、時のアメリカ大統領はユリセス・シンプソン・グラントでした。チャールズの父は、南北戦争中、軍楽隊の隊長を務めた人でした。息子であるチャールズには、自分が身に付けた音楽(J.S.バッハや祖国アメリカ独自の歌曲、行進曲、賛歌)だけでなく、自分で曲を作る時の姿勢として、何事も実験してみる、と言う考え方を教えてみました。しかし、この考え方が、若きチャールズを苦しめることになります。チャールズが音楽を学んだエール大学、ここの教授達は、非常に保守的でした。また大学としては、大衆が求める「聞き心地のよい音楽」ではなく、チャールズが求めるような音楽を作曲したのでは、それで食べてゆくことはできない、という教育方針でした。チャールズは職業としてはニューヨークで保険会社に入り、そこで出世し、自身と家族の生活を支えてゆきます。ビジネスパーソンとして高い評価を受け、暮らしも裕福になりました。作曲の方は、仕事が終わった平日の夜と、週末の休みに取り組みました。 

 

アイヴスの作品のほぼ全てが、1930年に仕事を退職するまで、未出版・未発表で、仕事を退職する頃までには作曲活動も止めてしまっていました(アイヴスは心臓を患っていて、それが進行してしまっていたため、晩年25年間の生活は活気のないものでした。彼は1954年5月19日、79歳でこの世を去ります)。しかし新しいアメリカの音楽家世代が、アイヴスの作品を、1930年代からそれ以降も、採り上げて演奏するようになります。この世代の音楽家達は、アイヴスを、ある種「アメリカ作曲界の父」として見なしました。その作品の上演数は、ますます増えてゆき、特に1976年の建国200年記念の年には、特に多くなりました。アイヴスの作品:交響曲四曲、その他管弦楽曲多数(含・ニューイングランドの三つの情景)、バイオリンソナタ四曲、弦楽四重奏曲二曲、ピアノソナタ二曲、数多くの合唱曲と約150曲の歌曲。 

 

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ブルースとコード(和音) 

 

さて、ここで20世紀のアメリカ音楽の最も基本的な形式、ブルースを詳しく見てゆこう。みんなブルース形式の音楽は、耳にしたことがあると思うよ。ただ、それがブルースだってことを知らずに聴いていたんじゃないかな。「アイ・ガット・リズム」と同じく、こちらも数えることが出来る。でも32小節ではなく、12小節数えればいい。 

 

12というのは、ブルースには自然な数字だ。なにせ、一年は12か月、卵1ダースは12個、時計の文字盤には1から12の数字が書いてあって、足のサイズが12インチ、とか言うよね。ブルースは専用の物差しを使って測るんだ。ローマ数字はハーモニーを表す。で、ハーモニーと言うのは、三つ四つの音が、「せーの」で、一緒に鳴っている音のことを言うんだ。コード(和音)とも言うよね。ブルースにはコードは三つだけ出てくる。Ⅰのコード、Ⅳのコード、そしてⅤのコード。専用物差しでは、白、青、赤だ。どうして数字でコードを呼ぶか。その数字は、コード(和音)が出てくる曲の調(CメジャーとかGマイナーとか)を音階にした時に、何番目の音がベースになっているコード(和音)なのか、これを表している、というわけだ。音階と言えば、ドレミファソラシド。ドがⅠ、レがⅡ、ミがⅢ、ファがⅣ、ソがⅤ、みたいな感じだ。「ドの和音」とは、ドの音とそれに関係のある音で出来ていて、ドの音が根音、つまりベースになる。「レのコード(和音)」も、同じように考えればいい。 

 

12小節から成るブルースは、四小節毎、三つの部分に分けることが出来る。 

まずⅠのコード(和音)、次に四段上へ、ド→レ→ミ→ファ と行き、Ⅳのコード(和音) 

そして下へファ→ミ→レ→ドと行き、Ⅰのコード(和音)。更に上へド→レ→ミ→ファ→ソと行き、Ⅴのコード(和音)。 

最後に再び下へ ソ→ファ→ミ→レ→ドと行き、Ⅰのコード(和音) 

 

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さて、この四つのコード(和音)が、ブルース形式の三つの部分にどうハマるか、見てみよう。最初の部分は四小節在って、Ⅰのコード(和音)だけ。 

(語句と文法:数字は行数) 

 

二つ目の部分は二つのコード(和音)。二小節ずつ、Ⅴのコード(ファ)とⅠのコード(ド)。 

 

三つ目の部分は四小節在って、三つのコード(和音)。Ⅴのコード(ソ)が、初めの一小節、次の小節はⅣのコード(ファ)、そして残りの二小節がⅠのコード(ド)。 

 

分かるかな。四小節から成る各部分。Ⅰのコード(和音)の前に、別のコード(和音)がくっつけられているだろう。最初の部分にはⅠのコード(和音)。二つ目の部分にはⅣ、そしてⅠのコード(和音)。三つ目の部分にはⅤ、Ⅳと続き、そしてⅠのコード(和音)。ブルースの、ベースになっている音を口ずさんでみるけど、その時、この三つの部分を一緒に並べてみるんだ。こうしてみると、ブルース形式のサウンドがどんなものか、理解できると思うよ(CD50~54曲目)。 

 

憶えているかな、前にも言ったけれど、コーラスと言うのは、高層ビルの中の各階が積み重なっているようになっている。コーラスのエンドから次のコーラスの頭へと進んでゆく様子は、エレベーターに乗って次々とフロアを通過してゆくみたいだね。六階、七階、八階、九階、といった具合に。それぞれのコーラスには名前が付けられて、演奏内容がそれでわかる。 

 

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ソロコーラスとアンサンブルコーラスのことは、もうやったから、あと二つ見てみよう。まず「コールアンドレスポンス」。そのまんま、呼びかけと応え、だ。ある楽器が呼びかけると、別の楽器が応える。一対一だけでなく、三対三とか五対五みたいに、グループ毎の場合もある。例えば、ピアノとドラムスがリズムを発信して、ベースが応える、とかね。(CD55曲目)それから「リフ」。これは12小節ひと区切りの間中、同じことを何度も繰り返すだけのコーラス、ということだ(CD56曲目)。 

 

デューク・エリントン作曲の「ハッピー・ゴー・ラッキー・ローカル」に出てくるサックスのリフは、12小節のブルース形式の古典的なものだ。ちなみにこの曲、コールアンドレスポンスやアンサンブル、そしてソロ、といったコーラスも出てくるぞ。「ハッピー・ゴー・ラッキー・ローカル」でプレーヤー達が12小節のブルース形式を用いて醸し出すのは、アメリカ南部をガタゴト走る列車の姿だ。駅を出発し、途中駅を通過して、その先へと旅を続けてゆく、そんな列車の姿を聞いてみよう(CD57曲目)。 

 

ソナタ形式は、主題提示部・展開部・主題再現部、から構成されている形式だったね。それから、32小節形式は、別名AABA形式とも言ったね。あとは、コーラスフォーマットに変奏曲、そして12小節のブルース形式、と見てきた。音楽を作曲する人達も演奏する人達も、ここで見てきた五つの形式を使って、素晴らしい様々な音楽を次々と世に送り出してきているんだ。中身も、カタいものから軽いものまで色々とね。色々な種類の音楽をたくさん聞いて、こういった形式を聴き分ける練習をしてみよう。楽しむことが出来る音楽の幅が、今よりもっと豊かに、もっと様々広がってゆくだろう。その時、色んなことが分かってくる。様々なお音楽について、その面白さ、個性、そしてすべてに共通するものがね。プロコフィエフ交響曲しにろ、ガーシュウィンの歌にしろ、エリントンのブルースにしろ、ね。 

 

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一番大切なことは、とにかくかかってくる曲を楽しむこと!コンサートに行ってみよう。図書館でCDを漁ってみよう。そこで耳にする曲の、形式を理解して、主題が出たり入ったりするのを聴き分けるんだ。ま、もし全然できなくても気にしない!ノリを楽しんで欲しい。どんな音楽であってもね。 

 

 

 

 

 第3章  スーザからサッチモへ:吹奏楽とジャズバンド 

 

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ジョン・フィリップ・スーザ作曲の行進曲「星条旗よ永遠なれ」。吹奏楽の為に書かれた作品だ。アメリカでは、行進曲と言えば、主に兵隊さん達が隊列を組んで足並みをそろえて行進する為の作品だったりするよね。でもそれだけではなくて、大きな出来事や心に残った場所を記念したり、愛国心をかき立てたりするためにも、行進曲が作られることがある。自分の母国に誇りが持てなくなったら、行進曲を聴いて、「よし、そうだ、僕はアメリカ人なんだ」とかね。最近は上手な行進曲の演奏というものを聞かなくなった - ということは、ひどい演奏というものもなくなったのかもね - 吹奏楽を聴く機会と言うと、フットボールの試合とか、たまに一度、二度と開かれるパレード、あるいは親戚や友達が出演しているから、といって聴きに行く学校のバンドコンサート、くらいかな(CD58曲目)。 

 

 

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吹奏楽って「吹いて奏でる楽団」て書くよね。これは、吹奏楽は大抵、弦楽器があまりなくて、打楽器と吹く楽器で構成されているからなんだ。金管セクションとして、トランペット、トロンボーンテューバ、フレンチホルン。木管セクションとして、オーボエバスーンサクソフォンクラリネット、そしてフルート。打楽器セクションとして、スネアドラム、バスドラム、シンバル、そしてトライアングルとか高い音のする小物類。 

 

南北戦争の後、吹奏楽アメリカの北東部で盛んになったんだ。そして20世紀の初め頃までには、アメリカ中の街が、規模は街によってそれぞれ違うけれど、吹奏楽団を持つようになった。演奏の場としては、ピクニック、教会、スポーツイベント、ダンスパーティー、政治集会なんかがあった。それから薬の販売ショーなんてのもあって、効き目なんかあるわけない熊の脂を「リューマチの薬だよ!」なんて売っているものまで、吹奏楽団は行って演奏していたんだ。普通の編成の吹奏楽だったら、幅広く色々なジャンルの曲を演奏したんだ。教会の讃美歌、オペラの序曲、コメディーショーの歌、勿論、行進曲もね。 

 

1892年、ジョン・フィリップ・スーザは、アメリカで一番の吹奏楽団、その名もズバリ「スーザバンド」を結成し、自らタクトを取った。そして40年間、全米はもとより、全世界へコンサートツアーへ出かけたんだ。スーザバンドは幅広い音楽を演奏してはいたけれど、やはりスーザと言えば行進曲、それも、伝統的なヨーロッパ音楽にアメリカ独自の明るさを目一杯吹き込んで見せたことで、人々の記憶に残っている。この章では、吹奏楽とジャズの関係、特にルイジアナ州ニューオーリンズ、僕の故郷で生まれた初期のジャズにもたらしたものを見てゆこう。 

 

ジョン・フィリップ・スーザ 

 

ジョン・フィリップ・スーザ1854年11月6日、ワシントンDCで生まれました。当時のアメリカ大統領はフランクリン・ピアスでした。フィリップの父はポルトガル系の移民で、海兵隊バンドのトロンボーン奏者として生計を立てていました。フィリップは姉一人、弟と妹が合わせて6人という兄弟姉妹の中で育ち、幼い頃は近所のバイオリンの先生の処へ通っていました。13才になるまでは、ちゃんと学校に通っていたものの、この年、フィリップは学校を脱走しようと試みます。学校を辞めて、サーカスで楽団員になりたかったからです。フィリップの父はこれを許しませんでしたが、代わりに、フィリップを海兵隊バンドの見習奏者にしてやったのです。ここでフィリップは7年間務め上げ、その間にバイオリンの練習を続け、そしてピアノ用に舞曲や行進曲などの作曲も少しずつ始めました。 

 

海兵隊を退役後、スーザはフィラデルフィアへ移り、劇場の管弦楽団の団員となり、そしてミュージカルコメディーを指揮したり、自ら作曲も手がけるようになりました。1880年、スーザは初めて作曲を手掛けたショー「私達のからさわぎ」をひっさげて、フィラデルフィアで巡業中、思わぬオファーが舞い込みます。海兵隊バンドの音楽監督就任の要請です。スーザの父の推挙によるものでした。スーザはワシントンへ戻り、海兵隊へ復帰、12年間の在任中、海兵隊バンドを拡大・再編成し、約50名編成のバンドとなり、多くの聴衆を魅了するようになります。更にスーザは、バンドのレパートリー刷新に着手し、南北戦争時代の作品を間引き、代わりにスーザ自作の行進曲や編曲作品を投入しました。海兵隊バンドの為に作曲された行進曲の多くは、驚異的なヒットとなり、楽譜は数十万部を売り上げました。その一部は現在もなお有名です。「忠誠」(1888年海兵隊のモットー「忠誠心」のラテン語)、「雷神」(1889年)、「ワシントンポスト」(1889年、同名の新聞を記念したもの)。 

 

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ラグタイム、ラグ、シンコペーション 

 

さて、ジャズの本題に入る前に、見ておかなくてはいけないものがある。ラグタイム音楽だ。これはアメリカ中西部生まれのピアノ音楽なんだ。それまで吹奏楽が演奏していた伝統的なスタイルの音楽から、アメリカ南部でジャズの原型が生まれる、その橋渡しに位置するものだ。ラグタイムの大作曲家、スコット・ジョプリン。「メイプルリーフ・ラグ」などで世界中で愛されている人だ。 

 

ラグタイムの基になったのは、インプロバイズされた音楽スタイルのひとつ、ラギングだ。これはメロディの♪やリズムを変化させ、楽しい雰囲気にするってこと。ラギングは、シンコペーションを効かせるアフリカ音楽の手法を、アメリカ流にしたものだね。シンコペーションって、第1章を覚えているかな。予想外の拍にアクセントをつけるやり方だったね。このやり方、あらゆるタイプの楽曲にあてはめられていて、曲を面白おかしく変化させたんだ。ラギングってどんなものか、実は誰にでも理解できる。なぜかって、それは、誰もが時々やっていることだからだ。何が何でも今回はコレが食べたい!と思った時の、お願いの仕方「ねえ、ピザ食べてもいい?ピザ食べてもいい?ねえ?ねえ、ねえ、ねえ、ピザ食べてもいい?」ピザが食べたい時のラギングの仕方でした!言葉の順番を変えたり、強調する所を変化させたり、言葉を付け加えたり、「くずし」を入れてみたり、相手にウンと言わせるよう持ってゆく。 

 

作曲家が、行進曲であったり、それよりもっと複雑な仕組みを持つ「楽譜に書かれた曲」に対してラギングをかけたことによって生まれたもの、それがラグタイム音楽だ。考えてごらん。これはラジオもなければ、当然、テレビやビデオ、今に時代に僕達が使っているメディアなんか無かった時代の話だ。家庭の娯楽の中心は、パーラーピアノ。ま、もっともお金があって買うことが出来たなら、の話だけれどね。大人なら、居酒屋だの人が集まる場所だので、ラグの演奏を聞く機会があったようだ。 

 

 

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新しくピアノを買った家族にとっては、誰か弾き手がいれば、ラグタイムはうってつけだった。弾き手が誰もいなければ、自動演奏で。これは、ロール紙を使う仕組みのものだ。 

 

ラグタイムが人気を博した理由は、そのシンコペーションが醸し出す楽しさと、踊りだしたくなるようなビート感だった。みんな、踊るのは好きだよね。ラグタイムは約四半世紀もの間、アメリカで一番の人気を誇る音楽芸術となって、やがてピアノだけでなく、あらゆる演奏形態の為にアレンジが進められたんだ。 

 

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スコット・ジョプリン 

 

スコット・ジョプリンテキサス州西部のマーシャルの近くの町で、1868年11月24日に生まれました。時の大統領はアンドリュー・ジョンソンでした。彼の父は、はじめ小作農をしていて、後に鉄道員になった人でした。生まれた時は奴隷の身分でしたが、1861年南北戦争が始まったその前に、オーナーが奴隷の身分から解放してあげたのでした。一方、母は奴隷の身分ではない生まれで、ケンタッキー州の出身です。スコットには8歳年上の兄が一人と、弟と妹があわせて4人いて、テキサルカーナと言う町で成長期を過ごしました。ジョプリン家の子供達のほとんどは、音楽的な才能を示していました。スコットはバンジョーマンドリン、ギター、そしてピアノを弾きこなし、歌も歌いました。16歳の時、弟たちの内、2人とドサ周りをするコーラスユニット「テキサスメドレーカルテット」を結成。同時にスコットは、地元で機会を見つけては、ピアノを弾いて稼いでいました。 

 

20歳の時、ジョプリンはソロミュージシャンとしての生活をスタートします。中西部全体を巡業し、生活と仕事の拠点を、セントルイス、シカゴ、シンシナティ、ルイズビルなどといった都市に置きました。1895年から96年にかけて、ジョプリンはテキサスメドレーカルテットとツアー活動を再開、頭部はニューヨーク州のシラキュースまで足を延ばし、そこで初めての自作、二つのヴォーカルソングを出版します。1897年、ジョプリンはミズーリ州のシディリアに拠点を置き、教壇に立ち、同時にメイプルリーフクラブや他のサロンでラグタイム音楽のピアニストとして活動を始めます。ジョプリンは、また、更に音楽を学ぶべく、ジョージ・R・スミスカレッジで、和声学と作曲法の応用課程を受講しました。ジョプリンは、12人編成のシディリアクイーンシティコンサートバンドに、コルネット奏者として参加し、そしてこのバンドの為に、当時人気を博した行進曲や部局のラグタイムバージョン(シンコペーションの技法が使われている)をアレンジしました。ジョプリンは1899年に作曲した新曲「メイプルリー・フラグ」の出版をしてくれる会社を、ミズーリ州全体で当たり、最終的に地元シディリアで、ジョン・スターク社と契約締結にこぎつけたのです。出版社ジョン・スターク&サンは、この後、ジョプリンのラグタイムピアノ曲の内、計20曲余りを世に送り出すことになり、ジョプリンはシディリアの町で「ラグタイム王」として知られるようになりました。 

 

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ラグタイムは、それまでの行進曲のサウンドに変化をもたらしたんだ。まずは、ここまで触れてきた、シンコペーションだ。これはシンコペーションがかかっていないフレーズ(譜例10、CD59曲目)。そしてこちらは、同じフレーズで、シンコペーションがかかっているもの(譜例11、CD60曲目)。シンコペーション「なし」の方は、1・3拍目にアクセント。「あり」の方は、2・4拍目にアクセントがかかる。 

 

次に、ラグタイムのメロディは、それまでの行進曲のメロディと比べて、、音域がうんと広い。この譜面、グラフみたいだけれど、ラグタイムのメロディの方が、うんと幅広い空間をしめているのが分かるよね(譜例12・13)。 

 

 

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更に、ラグタイムは分散和音を使う。それは何か憶えているかな?第2章で、「和音」とは三つ四つの音が「せーの!」で一緒に鳴っている音、と言ったね。一緒に鳴っている音をバラバラに鳴らすのが、分散和音だ。譜面で「一緒」(譜例14、CD61曲目)と「バラバラ」(譜例15、CD62曲目)を見てゆこう。こんな感じだ。 

 

そして、ラグタイムは、バンジョーをイメージした、打楽器でリズムを奏でていくようなスタイルを特徴としている。ラグタイムは、バンジョーの弦を弾いて出す音を採り入れて、それをピアノで演奏するようにしたわけだ。 

 

ラグタイムと行進曲(それまでの音楽スタイル)の共通点 

 

ラグタイムと行進曲の似ている点を見てみよう。一番は二拍子の拍子感だろう。行進曲の「ズンチャッ、ズンチャッ」という、あのサウンドのことだ。ラグタイムも同じ拍子感を持っている(CD63曲目)。 

 

それからフレーズが16小節で一区切り、それが繰り返される、ということ。AABA形式やブルース形式と同じように、小節数を数えることが出来る。スーザの行進曲「マンハッタン・ビーチ」と、ジョプリンの「メイプルリーフ・ラグ」は、どちらも同じように、小節数を数えることが出来る。 

 

行進曲もラグタイムも、中間部のメロディがあるのが特徴だ。これはトリオと言って、やさしい性格で、音量は控え目で、肩の力の抜けた感じがする。調も、その前の部分とは別のものになっている。なぜトリオと言うのか、これは元々は、昔の軽快な舞踊の動きから来ているんだ。テンションの高い分が二つと、一つ低い部分がある。結局、この二つと一つで三つの部分と言う形式は、、今は廃れてしまったけれど、軽快で、比較的メロディックな性格だけが今も残っている。これが、行進曲やラグタイムの曲中で他の部分が持つ、比較的自己主張の強い性格と異なり、軽い安心感みたいなものを聴く人に与えるんだ。それと同時に、行進曲でもラグタイムでも、曲のエンディングに出てきて、曲をさらに盛り上げる役目も果たすんだ。ささやく声の後で叫ぶ、みたいなコントラストがつくからね。 

 

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そして、ラグタイムも行進曲も、音符は全て楽譜におこされていて、インプロバイズはしない。さて、もう一度ここで、スーザの「星条旗よ永遠なれ」と、ジョプリンの「メイプルリーフ・ラグ」を聴いてみよう。チェックポイントは、伝える内容は異なっているけれど、関連性のあるもので、それらを二曲とも同じやり方で演奏しているところだ(CD58,64曲目)。 

 

(103ページ) 

 

インプロバイゼーション 

 

ラグ、ラグタイム、そしてスーザが確立した吹奏楽の演奏スタイルは、全て、大体1895年ころにニューオーリンズで出会い、そこで今日言う処の、ジャズを形作った。ニューオーリンズには独特の人種混合の雰囲気があった。人々は世界中から集まってきていた。フランス系、スペイン系、アフリカや中南米の様々な地域出身者、クレオール(ヨーロッパ、特にフランス系とアフリカ系の混血)、それから北アメリカ原住民の人達。当時ニューオーリンズが、アメリカの他の都市とは一線を画していたのは、こういった様々な人種がうまい具合にまとまりを保っていたことが挙げられるんだ。同じ地域に様々な人種が暮し、文化を共有し、公共生活でも差別などされることはなかった。このことが、世界に類を見ない、アメリカ独自の音楽家を生んだ。アメリカ流のアレンジを加えた、ヨーロッパとアフリカの音楽スタイルの影響を受けた彼らこそ、ジャズミュージシャンだ。 

 

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ジャズミュージシャン達は、個性的な演奏、つまり、自分にしかできない演奏をできるよう、そして聴衆からもそう認めてもらえるように、全てをかけて努力する。メロディをインプロバイズし、様々なリズムを駆使してこれを演奏する。インプロバイズする、とは、自然な流れで音楽を創っていくことなんだ。これは人と会話をする時と丁度同じだね。その時、その瞬間に言う事を創り出してゆく。そして、会話が進むにつれて、言おうとすることを整理する。ジャズミュージシャン達はこれを、音符で行うわけだ。 

 

ジャズミュージシャン達は、自分達だけにしか作れない「音の署名」というものを持っている。何らかの方法で二つの音をつなげて一つにしてみたり、動物の鳴き声や足音のようなものを真似してみたり、そのミュージシャンの心の奥から発する、そのミュージシャンならではの、人間のシンプルな感情表現を、ね。 

 

それから - というか、これこそニューオーリンズジャズのポイント - ジャズミュージシャン達は「音楽」という「言葉」で会話をしようとする。つまり、聴いて、意思を交わして、演奏する、を、いっぺんにやるってことだ。ジャズでは、いつでも演奏内容の変化に対応できる準備が必要だし、マナーを守らなくてはいけない。音がデカすぎたり、自分ばかり演奏しまくったりして、他人の邪魔をするな、ということだ。 

 

曲の聞こえ方は、かなり異なっているかもしれないけれど、ジャズバンドの楽器編成は、スーザ形式のと考え方は同じだ。行進曲の定番「ハイ・ソサエティ」、これを分解して、吹奏楽とジャズバンドの関連性を見てみよう。「縁の下の力持ち」からスタートしようか。スーザ形式の吹奏楽では、バスドラムはシンバルと一緒に、1・3拍目に演奏する音が来ることが多い(シンバルは合わせシンバルだ)(CD65曲目)。 

 

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一方、ジャズバンドでは、バスドラムは1・3拍目に、そしてシンバルはワイヤーで出来た輪の形をしたバチを使い、2・4拍目に演奏する音が来る(シンバルはサスペンディドシンバルだ)。注目は、1回おきに、バスドラムが4拍目に強く叩いてくることだ。複雑そうだけれど、聞いてみれば、とても良く分かるぞ。このバスドラムとシンバルが、実際にしていることは何かというと、この二つの楽器はインプロバイズされた「会話」をしている、ということなんだ(CD66曲目)。 

 

次はスネアドラム。スーザ形式の行進曲では、スネアドラムは予め作曲家が楽譜に書き込んだ、ある種のリズムパターンを演奏する。いわゆる「カデンス」という、フレーズのシメを形作るために繰り返されるものだ(CD67曲目)。 

 

一方ジャズバンドでは、スネアドラムは、様々なカデンスをインプロバイズする。これらはシンコペーションがかけられ、そしてバスドラム・シンバルと会話を交わすように演奏される(CD68曲目)。 

 

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吹奏楽では、テューバ、あるいはスーザフォーンは、1・3拍目にアクセントを置いて、お馴染の「ズンチャ、ズンチャ」という音を形作る。ね、これは行進曲の「ズンチャ」というサウンドの「ズン」の部分だとわかるよね(CD69曲目)。 

 

ジャズバンドでは、テューバは、スキップするような感じを出すようなシンコペーションのかけ方をして、他の楽器と会話する(CD70曲目)。 

 

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吹奏楽では、トランペットの1番奏者は、大抵いつもメロディを吹いて、2番奏者と3番奏者はメロディのハモリを吹いて、下支えをする。実際は、スーザが生きていた時代には、コルネットが使われていた。吹き方はトランペットとほとんど同じなんだけれどね。トランペットよりもコルネットの方が、音色は柔らかく、穏やかだ。でもトランペットの方が、僕は「イケてる」と思っているゾ!(訳注:ウィントンはトランペット吹き)。トランペットの2番奏者と3番奏者は、リズムを下支えするパートを吹くこともある。スネアドラムで演奏するような音型なんだけれど、実際にトランペットが吹いているんだ(CD71曲目)。 

 

ジャズバンドでは、トランペットは、全員をリードする楽器だ。トランペットの1番奏者は、常にメロディ、2番奏者は1番奏者のメロディの周りをまとわりつくように、ハモリをインプロバイズする。他の楽器を演奏する時にも言えることだけれど、大切なのは、聴くこと!何を?リズムにどう解釈をくわえてゆくかを!それと、それをキープして音楽の会話を続けてゆくこと!ジャズでは、お互い語り合う、これをしなければいけない。 

 

吹奏楽では、クラリネット、フルート、ピッコロは、他の楽器よりも高い音域で、メインのメロディを吹いたり、あるいは、そのメロディを、華やかな高い音で飾りつけをしたりもする(CD72曲目) 

 

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ジャズ音楽でも、クラリネットは同じことをする。メロディを一緒に吹いて補強したり、高い華やかな音で飾りつけをしたりね(CD73曲目)。 

 

吹奏楽では、トロンボーンは、他の楽器よりも低めの音域で、音符の長さも長めのメロディを吹く。これは対旋律というんだ。なぜ「対旋律」というか。旋律と一緒に動くけれど、相対するキャラを持っていて区別される、つまり相対する旋律、で、対旋律と言うんだ(CD74曲目) 

 

トロンボーンはリズムを吹くこともある。お馴染の「ズンチャ」の「チャ」の部分を、変形させて吹く(CD75曲目)。 

 

その低く同じ対旋律を、ジャズバンドのトロンボーン奏者は、グリッサンドをつけたり(上下に滑るような吹き方)、唸り声のような音色をつけたりする。自分のパートをどう発信していくかは、その奏者に任されている。なので、何を吹くにしても、他のパートもインプロバイズしているわけだから、それと協調することが、とても大事だ(CD76曲目)。 

 

ジャズバンドには、大抵の場合含まれない楽器というのが、バスーンオーボエ、フレンチホルン、あるいはフルートなんかもそうだ。でも、どのような楽器で編成されるにせよ、また、その規模が大きくても小さくても、吹奏楽でもジャズバンドでも全ての楽器は二つの基本的な役割で分けられる。一つは、メロディ(旋律)や対旋律(カウンターメロディ)を演奏する役割。そしてもう一つは、リズムパートに何かしら手を加えたものを発信する役割。こういったことを聴いてもらうための演奏が、「ハイソサエティ」のニューオーリンズジャズバージョンだ(CD77曲目)。 

 

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ニューオーリンズジャズは他の音楽とは明らかに異なっていて、聞こえ方もとても複雑、その要因は何か。インプロバイゼーションがそれだ、ともいえるかもしれないけれど、インプロバイゼーションの伝統はジャズ以前にも既にあったんだ。それはバロック音楽。今から約250年かそこら前に書かれたものだ。そして現在も、インプロバイゼーションを使う音楽の種類は沢山ある。ブルーグラスサルサ、インドの音楽「ラーガ」、等、枚挙にいとまがない。それらと、ニューオーリンスジャズとの違いは、集団でインプロバイズをすること、これなんだ。ステージ上のメンバー全員が、一緒にインプロバイズする。全員で会話をするわけだ。つまり自分以外のメンバー一人一人が何をしているのかを理解することで、共同作業として成立する。これが大事ということだ。インプロバイゼーションというのは、好き勝手に演奏する、ということじゃない。自分の考える処を音にして、それが他のプレーヤー達がインプロバイズしている所に、ピッタリとハマるようにする。そんなことが出来る選択の余地がある、というのが、インプロバイゼーションだ。 

 

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集団でインプロバイゼーションをする上でのテクニックを、いくつか見てゆこう。まずはグルーヴ。そう、グルーヴとは、異なるリズムが調和を保つことを言う。今日、よく耳にする音楽は、ビートがあるものが多い。でもビートとグルーヴを混同して間違えないでね。なぜなら、ビートというのは、グルーヴというものが発生している間の、ある瞬間のことを言うからなんだ。 

 

わかるかな?ビートとは、同じことが変化もほとんどなく繰り返されることを言う。さて、グルーヴしている間に出てくる異なるリズム、これらは常に変化している。おかげでジャズのドラム奏者は、同じリズムに縛られることなく、変化をつける余地が与えられるわけだ。だからニューオーリンズジャズでは、各楽器がインプロバイズしているリズムの中には、ちょっと前に触れた「一回おきに…4拍目」が、発信されているんだ(CD78曲目、79曲目)。 

 

複数のメロディが同時に演奏される時、こういうのをポリフォニーという。これは頭が混乱する。だって普段はメロディと言うのは、一つしか鳴っていないものだからね。二つ、三つといっぺんに鳴っていたら、耳がついて行くのは実際は大変だ。二つ、三つの会話を同時に聴くようなものだ。そんなことがバンドで起きたらどうするかって?決まっているさ、後ろに座っているトランペット様を聴けばいいんだヨ!冗談はさておき、二つ、三つの会話が同時に重なり合うと混乱するけれど、ポリフォニーはこれとは違って、音楽が一層楽しくなる。 

 

各楽器の音域というものが聞き取れるようになると、ポリフォニーを聴き取るのも、うんと簡単になる。音域は、飛行機の高度みたいなものだ。複数の飛行機が同じ方向に飛ぶときに、どちらかが上に、どちらかが下になって進もうと思うなら、当然安全のために十分な距離を空けなければいけないよね。そうすることで、例えばニューヨークを一緒に離陸して、ボストンに同じ時刻に着陸する、なんてこともできるわけだ。これと同じ様に、ポリフォニーも、吹奏楽にしろジャズバンドにしろ、機能しているわけだ。楽団の中にある楽器には全て、異なる音域が与えられていて(お互いに高めだったり低めだったりする)、演奏開始から終了まで、お互い邪魔し合わず同時進行で行ける。例えば「星条旗よ永遠なれ」の、有名なピッコロのソロの処を聴いてみよう。 

 

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ポリフォニーを使うと、ピッコロ、トランペット、それからその他色々な楽器が、主だったメロディを同時に演奏しても、ちゃんと聞き分けることが出来るだろう。トロンボーンはどうかな?低い音域でもって旋律を演奏しているぞ(CD81曲目)。 

 

これがポリフォニーの効果だ。これらの楽器が全部いっぺんに全然違うメロディを演奏しているのを整理整頓するのは、何せ大変な話だ。さっきの例え話。複数の飛行機がニューヨークを出発して、ボストンへ同時に、でも高度はそれぞれ別の処にとって飛んでゆく。こんな感じでバンドの中にある様々な楽器が、それぞれに音域をもって演奏しているんだ、と思い描いてみてくれ。ピッコロはうんと高い所で高度9000メートル、そしてフルートが7500メートル、で、クラリネットトロンボーン、サックスが6000メートルから4500メートルの間。トロンボーンは、大体3000メートル付近を、スライドで行ったり来たりする。この技の凄さに注目しよう。 

 

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大抵の場合、ジャズのポリフォニーでは、クラリネットは高めの音域で、動きの細かな音符を演奏する(CD82曲目)。 

 

トランペットは真ん中あたりの音域で、動きの細かさも中くらいの音符を演奏することが多い(CD83曲目)。 

 

そしてトロンボーンは音域は低めで、音符の長さも長ながめのものを、大抵は演奏する(CD84曲目)。 

 

これがちゃんと機能するためには、吹き手がリズムや音域を調和させてゆくことが大切だ。ニューオーリンズジャズバージョンの「星条旗よ永遠なれ」は、三つのパートによるポリフォニー。演奏を成功させるカギは、この吹き手たちの調和だ(CD85曲目)。 

 

テールゲートという吹き方がある。トロンボーンが音をスライドさせる奏法だ。ニューオーリンズジャズでは重要な隠し味だけれど、やりすぎると音楽がふざけたバカっぽいものになる恐れがある。なぜテールゲートと言うのか。大昔アメリカでは、楽隊が馬車の後部座席に乗り込んで、町中を、今の宣伝カーみたいに色々なイベントの宣伝をしていたことがあった。その時、トロンボーン吹きが全員の前方や真ん中に居たら、スライドを動かす度に他のメンバー達に当たって邪魔になるわけだ。すると他のメンバー達は、邪魔なトロンボーン吹きを、馬車の後方に座らせて、スライドを外に出すようにした。馬車の後方のことをテールゲート言う。これでわかったかな?(CD86曲目) 

 

ミュージシャン達が演奏で「会話する」と言ったね。その最もよく使われる技法が、コールアンドレスポンスだ。第2章でコーラスフォーマットについて触れた時に話したね。実はこのコールアンドレスポンス、僕達にはお馴染のものだ。なぜか。普段こんな風に人と会話しているからさ。例えば「お前、僕の答案カンニングしただろう?」「はぁ?何でお前のデキの悪い答案なんか?」「見せてみろよ。僕の答えと同じじゃないか?」「そりゃそうかも知れないわな。お前がカンニングしたってならな。ていうか、何で僕がお前の答案なんかカンニングするよ?お前今年全部片っ端から赤点じゃないか」これがコールアンドレスポンス。「♩♪♪♩♩*♩♩」のリズム(髭剃りとカット25セント)みたいだ。ジャズでは、コールアンドレスポンスは楽器同士の間で、いつでも行われる。 

 

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同じフレーズを繰り返し演奏することがある。第2章で触れたね。グルーヴする上で重要だ。道路標識みたいなものかな。「ミネアポリス150マイル」「ミネアポリス100マイル」「ミネアポリス50マイル」ミネアポリスに近づくにつれて、そこまでの距離を示すために等間隔で設置してあるこれらの標識。旅行中に見たことあるだろう?長時間道路を走っても、全然一つも道路標識を見かけないと、「道に迷ってしまったかな?」と心配になってくるんじゃないかな。道路標識と同じように、リフも等間隔に聞こえてきて、今は曲のどのあたりを聴いているのか、が分かって安心感も生まれる(CD88曲目) 

 

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ジャズの作品を演奏する時、途中突然演奏が一斉に止まると、ソロ楽器が一人だけ飛び出して、そしてまた全体での演奏に戻る、ということがある。これをブレイクという。ブレイク、というのは、こんな感じだ:君はサーカスの空中ブランコの演技を見に行ったことはあるかい?これって、まず「受け手」といって、ブランコのバーに足を掛けるなどして、振り子のように動いている二人と、もう一人、その二人の間を飛んで行ったり来たりして、その飛んでいる間に空中で宙返りだのスピンだの、色々な技を見せるショーだよね。そう、音楽の「ブレイク」は、そんな感じ。飛ぶ人が空中で演技する瞬間に例えられる。 

 

ま、ブランコに例えるだけに、まずはバンドと一緒にスウィング(振り子運動)して、次に一人で飛び出し、いわゆる「ソロ」というやつだ、そしてもう一度再びブレイクの終わりで、バンドと一緒に「スウィング」する。実際ブレイクしている間中は、バンドと一緒の時のスウィング感を保つことになるんだ。そうでなければブレイクの後、バンドの中に居場所がなくなってしまう。空中ブランコでも全く同じだ。飛ぶ人と受け手が息を合わせ続けなければ、飛ぶ人は落ちて、救助ネットへ真っ逆さまだ。ソリストがブレイクで思い切ったジャンプを見せて、再び全体演奏にピタッとハマる。この時ジャズ音楽は、最高潮に盛り上がって楽しくなる(CD89曲目)。 

 

ニューオーリンズジャズのスタンダード「ウーピンブルース」。この一曲に、グル―ヴ、ポリフォニー、リフ、トロンボーンのテールゲート奏法、そしてコールアンドレスポンスが、しっかり詰まっているぞ(CD90曲目)。 

 

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ルイ・アームストロング 

 

ルイ・アームストロングには、良く知られているニックネームが、一つではなく二つもあります。まず言われるのが「サッチモ」。これは「サッチェルマウス」の略です。アームストロングの唇が、大きくて強靭であったことから、まるでカバンの口のようだ、ということからついたニックネームです。ミュージシャン達は、どちらかというと、「ポップス」と呼ぶことが多いようです。音楽の世界に残した足跡への敬意を表して、の愛称です。 

 

アームストロングは1901年8月4日生まれ。出身地のジェーン横丁は、ルイジアナ州ニューオーリンズの中でも治安が最悪な地区の一つでした。貧しい中で育ったものの、偉大なミュージシャン達と同じ時代に生きる幸運に恵まれたのです。ジャズがニューオーリンズで生まれたとされるのが、アームストロングが生まれる数年前。伝説のコルネット奏者バディ・ボールデンによる、とされています。生前アームストロングが、よく「ジャズと共に私は大人になっていった」と言う所以です。アームストロングは、バディ・ボールデンの演奏を生で聴く機会はありませんでした。しかしボールデンの流れは、後に続いたミュージシャン達へ受け継がれていったのです。それがバンク・ジョンソン、バディ・プティ、フレディ・ケッパート、そしてアームストロングのメンターであるジョー・オリバーなのです。 

 

アームストロングは10代半ばごろ、独立記念日の祝祭が開かれている最中に、火薬入りのモデルガンを発砲して警察に捕まってしまいます。しかしこの災いが、後に福に転じます。アームストロングは収容された少年院で、ピーター・デイビスという先生にコルネットを習うことになったのです。優れた音楽の才能に恵まれたアームストロングは、少年院のバンドでバスドラム奏者からスタートし、見る見るうちに主席のビューグル奏者、コルネット奏者になってゆきました。 

 

少年院を退所するにあたり、アームストロングはミュージシャンとして生きてゆく決心をします。10代も終わりの頃でした。演奏活動の場は、野外パレードやクラブでのバンド、ミシシッピ川ニューオーリンズ北部を行く中・長距離ツアー用スチームボートの船上バンドでした。当時ニューオーリンズは、新興音楽だったジャズの町として、多くの名手達が活動の拠点としていました。アームストロングは、こうした先輩である名手達から技を教わり、やがて肩を並べるプレーヤーとして一目置かれるようになってゆきました。アームストロングは、ジョー・オリバーというコルネット/トランペットの大家の一番弟子であり、師と崇めたジョー・オリバーが率いる名門・キング・オリバーズ・クレオールジャズバンドの、第2コルネット奏者となったのです。 

 

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かつては、吹奏楽のコンサートで最も人気があったのは、コルネット奏者のソロ演奏だった。ジュール・レヴィ、ハーバード・L・クラーク、そしてマシュー・オーバクルといった奏者達が、超絶技巧を披露して有名になっていった。例えば、ダブルタンギングやトリプルタンギング、バイオリン並みのハイトーン、楽器を二つ三つといっぺんに口に当てて吹いたりとかね。こういった人達は、独自のサウンドを持ち、性格も独特な、時に発言もスケールのデカい人物だったんだ。実際に在った話なんだけれど、「コルネット奏者 名人対決」と銘打ったコンサートが開かれた。出演した二人であるマシュー・オーバクルとジュール・レヴィは、楽器を「吹く」のを途中でやめてしまい、何と文字通り相手をパンチで「吹っ飛ばし合って」しまったんだって!「吹っ飛ばし合い」のことはともかく、こういった名人達が駆使した技術は、トランペットの奏法を確立して、それは今でも使われているんだ。 

 

ジャズというものを発明した人は、バディ・ボールデン。少なくとも、そう言われている。バディ・ボールデンは、ジュール・レヴィとマシュー・オーバクルの流れを引き継いだソロコルネット奏者だった。とはいえ、ボールデン自身の上手さは、そのサウンドの持つ個性の中に光っていたそうだ。これはつまり、人の声の様な効果を音に出す技術。例えば泣いたり、笑ったり、呻いたりするような音色を鳴らして見せた、とかね。それから、創る出すフレーズにしても、人々の記憶に残るような、一方でシンコペーションをかける時にも、ちゃんと美しくスタイリッシュな方法でこなしてゆく、そんな音楽を創り出していった、とのことだ。ボールデンの音とても良く響き渡り、降りしきる雨粒を空中に止めてしまう程だった、なんて逸話があるくらいだ。 

 

残念なことに、バディ・ボールデンの演奏録音は全く残されていないんだ。でもね、ルイ・アームストロングと言って、ボールデンの流れを受け継いだトランペット奏者がいて、この人の録音が、今日聞くことができるんだ。ルイ・アームストロングがは、録音が残っているソロ奏者の中では、最も初期の、そして最も偉大な演奏家だ。アームストロングがソロをインプロバイズする時は、初めから終わりまで全て、関連性のあるフレーズを巧みにつなぎ合わせていった、というんだ。長めのソロを演奏する時、一番大変なのが、ポイントがブレないようにし続けることだ。人に何か話そうとする時と丁度良く似ている。ほら、長く話そうと思うと、どうしても話がひたすら取り留めもなくなってしまうだろう。ルイ・アームストロングの吹き方は、ジャズトランペット奏法のお手本だ。音色は丸く、演奏に当たっては、熱い気持ちと強いイメージを持ち、そしてソロは、筋がしっかり通っていて、インプロバイズされているにもかかわらず、まるで予め楽譜に書いておいたのを吹いているのではないか?と思わせるほどだ。これらを余すところなく聞けるのが、アームストロング作曲の「コルネット・チョップ・スーイ」。この演奏を聞いてみよう(CD91曲目)。 

 

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この章では、吹奏楽の奏法がニューオーリンズジャズに、どのように影響を与えていったのかについて、見てきた。このことを通して、一見共通点なんか何もない、と思われる物同士でも、よく見てみれば似ているところがとてもあるものだ、ということが分かってもらえたんじゃないかな。ではこのことを、演奏を聴いて実感していただこう。この本の付録CDに収録されている、何と世界初の試み!スーザ作曲の「マンハッタンビーチ・マーチ」の、吹奏楽とジャズバンドのコラボ演奏だ(CD92曲目)。 

 

 

 

 

 

 

第4章  正体不明の、でもイヤなことに、敢えて立ち向かおう:練習することについて 

 

さて、ここまでこの本では、異なるタイプの色々な音楽が、お互いどの様に関連性があるかを詳しく見てきたね。ここからは、音楽でのトレーニングが、他の物事に取り組む時のトレーニングをする上で役に立つということを見てゆこう。勉強の事なら、本を読んで頭脳を鍛える、運動やスポーツの事なら、腕立て伏せをしてレギュラー入りを目指したり、スタイルをよくしたり、君が興味のある事なら何でもいい。 

 

一流ミュージシャンのコンサートを聞いたり、優れたアスリートの決勝ホームランやタッチダウンの好捕を観戦したり、レストランでおいしい料理を食べたりすると、自分もやってみたくなるものだ。一流の経験をすると、自分も一流になりたいと思うようになるだろう。その心を駆り立てるものが何であるにしても、まずは分かっていなくてはいけないこと。それは、上達するには、ましてや一流になりたいと思うなら、長時間練習を何度でもこなしてゆかないと、ね。「練習」と言う名の怪獣は、いつもやってきては「楽して上手になりたい」という僕達の希望を踏み潰してゆく。練習が好き、なんて人は、殆どいないというのが現実だろう。誰だって格好良くありたいけれど、その怪獣とは戦いたくない。理由は明白だ。息が臭くて気持ち悪いからさ。 

 

練習することは、いつだって苦しいものだ。本格的になれば特にそうだ。自分が出来ないことに取り組むために時間をかけるわけだから、自分のことが嫌いになってしまうだろう。大概はひどく退屈だ。なにせ、出来るようになるまで、ひたすら同じことの繰り返しだからね。それから「練習したい!」と気持ちを持ってゆかないとね。それには理由付けがないと。でもこんな理由じゃダメだ「成績を落としたくない」とか「親にボコにされる」とか「ヒマだし」とか。 

 

例えやる気になったとしても、練習の仕方がわからないかもしれない。方法を間違えてしまったら、かえって害になるかもよ。ウェイトトレーニングのセットを手に入れてきて、筋トレをしようと思って、毎日同じ部分ばかり鍛えるとする。これは間違った筋トレの方法だ。同じ筋肉の部分を二日連続で鍛えてはいけないことになっている。そんなことをしたら、筋力アップどころか逆に痛めてしまうからだ。というわけで、僕から練習の秘訣を教えてあげよう。全部で12ある。これで君は、正しい練習への取り組みができるようになること、間違えなしだ。 

 

その1 マンツーマンで教えてもらおう。 

 

君が日々、その時々に、やっていなくてはならない課題が何かを、きちんと把握してくれる人を見つけよう。例えばヨーヨー・マ。世界ナンバーワンのチェロ奏者。世界中どこへ行っても拍手喝采の人気者だ。でも僕と共演した時のことだ。「デューク・エリントンの『ムード・インディゴ』、このジャズの曲の弾き方、何でもいいから教えてくれないでしょうか。物事を学ぶのは僕は好きなんだよ。」どうだい?偉ぶらないから、教えを乞う!この態度! 

 

優秀な指導者というのは、君が取り組む練習メニューについて、何のためにそれをするのかを、君が理解する手助けをしてくれる。それから楽器の演奏を通じて、楽器の弾き方もそうだけれど、最終的には自分自身をコントロールする方法までも、君が身に付ける手助けをしてくれる。マンツーマンで教えてもらった方がいいもう一つの理由。それは、他の人の経験から学ぶことは、君自身の目標達成の近道だからだ。君一人で何年もかかって理解するようなことを、良い先生は一瞬で教えてくれる。君より優秀なミュージシャンの経験を、君自身に活かすんだ。どんなに才能がある人でも知らないことというものは必ずあるだろう。指導者とか先生というのは、船の船長みたいに、君がフラフラとコースから外れないよう目を光らせてくれるってわけだ。 

 

君の仲間から学ぶことだってあるぞ。君が出来ないことを、他の子が出来たとしても、気持ちが落ち込んで嫉妬したり、愚痴ったり、どうせ無理だと落ち込んだり、そんなのはダメだ。「あいつはダブルタンギングは上手かもしれないけれど、リップスラーは大したことない」なんて言っているようじゃイカンぞ。他の子が出来ないことを見て優越感なんか感じていないで、他の子ができることを見て、そこから学ぶんだ。「あの子はハイトーンは当たるけれど、音色はダメね。」なんて心がけはダメ!「あの子のハイトーンの出し方を、私もやってみよう」これですよ。 

 

その2 予定表を作ろう 

 

練習メニューを整理して順序立てるんだ。そして毎日必ず実行すること(特にやる気のないときは、尚更に)。予定表は、家の設計図とか、プラモデルの作り方説明とか、そんなようなものだ。君は模型のおもちゃとか、そういうものを組み立てて作ったことはないかい?説明指示無しで作るのは大変だよね。練習も同じこと。予定表があれば、何を、何時するべきかがわかる。予定表は、見てその通りすればいい。はっきりしたものだ。地図と同じだ。 

 

予定表には、君の楽器を演奏する上で必要な基本練習の内容が、全て確実に盛り込まれるようにしよう。基礎訓練に終わりなどない。名人と呼ばれる人達だって、基本練習をする。何せそれが演奏の土台だからね。同じ内容を、上手になるにつれて方法を変えて、取り組み続けること。 

 

トランペットの基礎訓練は、呼吸法、ロングトーンタンギング、(リップ)スラー、ペダルトーンからハイトーンまでの音出し(最低音域から最高音域まで吹けるようになる練習)、フィンガリング(速く吹けるようになる練習)、アーティキュレーション、それから長時間吹いてもバテなくなるよう、持久力をつける練習だ。楽器によって必要なテクニックはそれぞれあるだろうけれど、基本練習の内容は全ての楽器に共通している。だから君の予定表にも、次に挙げる内容がちゃんと盛り込まれなくてはならないんだ。 

 

リズム練習、フレージング、ダイナミクス(音量変化をコントロールする力)、ハーモニーの聞き分け、表現の変化付け。この「表現の変化付け」については、外国語で書いてあることが普通だから、譜面に出てきたら、意味を調べて覚えるようにしよう。molto dolce(非常に甘美に)とかleggiero(軽快に)とかね。楽器に触る日は、これ全部練習すること! 

 

その3 目標は段階毎に、いくつか作ろう 

 

君が力をつけるその行程を描くためだ。目標を作る時は、それらが現実的で、尚且つ、ちょっとやそっとでは手が届かないようなものにする。これが非常に大切だ。例えば、君が自分の家を建てるとしよう。設計図を見て「よっしゃ、一週間で完成させよう」なんて、言うわけないよね。ありえない話だ。だから段階毎に目標をチャートにしてゆくわけだ。「じゃあ、土台作りに一か月だろ、そしたら壁は二か月でやりたいな」とか言って、半年後に完成まで持ってゆこうとするよね。 

 

目標を立てる上では、そこに誠実さを加味してゆきたいものだ。自分を甘やかさないでいられるかは、君次第だ。一旦決めた目標を修正してゆくことも、時には必要だ。予定より楽に物事が消化できたら、目標レベルを少し上げていくべきだろう。困難が生じたら、予定にゆとりを持たせて、解決のために十分時間をかけるようにしよう。マンツーマンで教えてくれる人がいると、こういった目標の設定・修正の手助けをしてくれる。 

 

君と一緒に学んでいる仲間がいるなら、その子達との競争は、君が目標を立ててそれを達成する動機づけになるだろう。ライバルに負ければ、それは時には君自身が、もっと高い所を目指そうという気持ちをもたらしてくれるんじゃないかな。競争することは、必ずしも悪いことじゃない。ケチな根性ではなく、相手に対する敬意と、自分自身の演奏の上達を望む心、これがあるなら効果はある。でも何と言っても、自分との戦いこそが一番だ。 

 

その4 集中しよう 

 

練習する時は集中しよう。例えば数学の宿題でも何でもいいけれど、自分がやりたくない事を抱えてしまい、じっと座って、ただ溜息をついたりボヤいたりして、もし集中していれば5分が10分で終わったことが、1時間何もせず無駄にしてしまった、なんてことしたことないか?練習時間中は、脇目も振らず集中しよう。集中できずに体だけ動かしているだけなら、やめた方がいい。後で戻ってやること。 

 

集中力、とは、脇目も振らず物事に打ち込む能力のことだ。つまり余計なことを考えず、長時間、与えられた練習の時間中全てのエネルギーを一点に集める、ということ。何事でも上達のためには、集中力とは大切な武器で、そして集中力は誰でも伸ばすことが出来るんだ。どうすればいいのかって?とにかく集中しようとすることさ。最初の内は短い区切りの時間で、少しずつそれを長くしてゆけばいい。エネルギーを集めると言っても、初めの内は30秒とか1分がせいぜいかもしれないけれど、続けていれば、5分が10分になり、やがてはもっと長い区切りの時間集中できるようになる。 

 

時には外野で色々なことが起きていて - ビデオゲームやうるさいラジオ、テレビが付いていたり、他の人達がせかせか歩き回っていたりして - じっと座っていることが一番大変だ、なんてこともあるだろう。練習時間中は腰を据えて、雑念を払い、心静かにすること。そうすることで目の前の課題にまっすぐ集中することによって、精神が磨かれ、やがては楽器を通して君の個性を最高の形で表現してゆくことへ繋がってゆくんだ。 

 

その5 肩の力を抜いて、じっくり練習しよう。 

 

上手になりたいなら、焦ってはダメだ。といってもそうしたいのが人の常というものだ。僕の処に習いにくる子に、何か説明しようとする時、いつもこのことが気になるんだよね。話し終わっていないうちに「ハイハイ、わかりました」と言ったりして。で、吹かせてみると、ボロボロ間違えたりする。落ち着けよ!と言いたくなる。 

 

本来テンポが速い曲を、ゆっくり吹かなければならないとなると、少々退屈な練習になってしまうかもしれないけれど、それは練習のうち、というものだ。そのテンポで、ひたすらやり続けること。出来るようになったら、毎日、毎週練習を続けつつ、少しずつテンポを上げてゆけばよい。 

 

リラックスすれば、しっかり息は吸えるし、無理なく集中しやすくなるし、充実した時間が過ごせるというものだ。「さっさとすませなきゃ」みたいな練習の進め方をしないこと。たとえ本当にそうしたいと思ってもね。練習を計画したら、きちんとやった方がいい。「きちんと」とは、大概「ゆっくり目に」ということだ。みんな練習する時のテンポが速すぎるんだ。ゆっくりさらえば、音色は良くなるし、リズムも安定してくるし、フィンガリング、マレットテクニック、ボウイング、スライドアクション、タンギングといった難しい体の動きに必要な身体能力も鍛えられるし、自分の楽器と共に取り組んでいる音楽と、より密接な関係(?!)関係をつくることにも繋がってゆく。 

 

また、リラックスを日頃からしていると、本番でパニックに陥った時に大いに役に立つ。心の落ち着け方がわかるというものだ。何せ普段からずっとそうやってきているのだから。リラックスする、ということが、何事に取り組む上でも全てに通じるようになる。 

 

その6 難しい部分こそ、じっくり時間を変えて練習しよう 

 

自分が弾きこなせない所にこそ、多目に時間をかけるべきだ。ご近所や通っている学校で、ちょっと日頃の腕前を聞いてもらおう、なんてことになったとしよう。みんなに褒めてもらいたいだろうから、当然、間違わずにできることを披露しようとするだろう。普通、その方が簡単だからね。だからこそ、難しいことに取り組む時は、正に、マジになって、集中して、自分の全てを懸けるんだ。自分の力不足と向き合うことを、恐れてはいけない。君は人間であって、機械じゃないんだ。完璧なんて、なれっこないんだ。細かくて速い部分が得意で、ゆっくりした部分が苦手という人達もいる。人はそれぞれだ。 

 

物事によっては、何時間も練習しなくてはならないようなものもあるだろう。バスケットボールを例に見てみよう。ゲームが始まって選手達がコートへ登場して、格好いいダンクシュートだの、自分達の練習の成果を次々と披露する。でもフリースローの処へ行って、フリースローが決められなかったりしてね。何のことはない。自分達が苦手なことを、ちゃんと練習してこなかったからいけないんだ。 

 

練習予定を立てる時は、君の得意・不得意がどのような状態か、を考えるようにしよう。何を言いたいかというと、今君が出来ないことに長い時間をかけて、出来ることには、それより短い時間を当てるよう、予定を組もう、ということだ。これは本当に辛いことでしかない。なぜなら、本音は誰だって、マトモな状態の自分の音しか出していたくないからだ。「やった、出来た!」と思うところまで練習し終えた時、同時に自分の下手さ加減に落ち込む位でないと、実際はまだ足りない状態だ、ということがほとんどだ(直訳:音の状態を良くするために掛かる「わずかな」時間(逆説:実際は「長時間」)耐えて自分達を鍛えなければならない)。自分の抱える課題に対しては、正面から向き合おう。それしか方法はない。逃げ回っていてはダメだ。友人達にウケればいい、あるいは自己満足できればいい、そんな演奏ばかりしていると、音楽が薄っぺらになる。同時にそんなことをしていると、人間性までも薄っぺらになる。この本を読む僕達の練習予定表は、ひたむきな上達への目標を掲げ、自分の欠点に対する戦略を記したものにしようじゃないか! 

 

その7 常に心を込めて楽器を鳴らそう 

 

ウォームアップだろうと、チャラ弾き・チャラ吹きだろうと、オフザケだろうと、一旦楽器を鳴らしたら、全て立派な音楽作品として扱うこと。「どうでもいい」と思えるかもしれないことでも、実は「どうでもよくない」ことだらけだ。靴紐の結び方、お箸の持ち方、どれも君自身がそこに表れているからだ。日々様々な場に顔を出す度に、自分はこういう人間だ、ということをキチンと周囲の人達に示すこと。一つ一つのことに対して、ちゃんとした態度で、これに取り組むこと。常に自分の人間性を確立し、その場その場で行動にそれを表そう。冷ややかな物の見方をして、「こんなチョイ役やってられるか!」なんて思ってはいけない。与えられた役割が、どんなにツマラナイものに見えても、自分の全てをかけてそこに参加し、ベストを尽くそう。 

 

君が演奏で表現するものに、君自身の演奏に対する心構えが表れる。表情をつけて演奏するには、心の内を熱くしなければならないね。表情をつけるということは、スラーをかけるとか、タンギングをするとか、そういう物理的な話ではない。心の中から湧き上がってくるものなんだ。言ってみれば、君が聴き手に伝えたいと思うことかな。これまで自分が、見て、聞いて、知って思ったこと全てを、伝えればいい。表現するものに、正しいとか間違っているとか、そういうものはない。自分の思いをどこまで伝えることが出来たか、その違いだけだ。言葉を学ぶ時に、幅広く色々な物の言い方を身に付けることと同じ。言葉の言い回しを多く身に付けるほど、人とのコミュニケーションは、より確かなものになっていくよね。 

 

その8 自分の失敗から学べばいい 

 

なので、あまるう落ち込まないで。間違えようが、コンサートで失敗をやらかそうが、それで「世界の終わり」ではないだろう。例えば、フットボールの大会。決勝戦の試合中、折角のタッチダウンのチャンスにパスされたボールを落としてしまった。スタジアムの観客席の上の方からはみんなが注目している。友達もみんな来ていて、お母さんもお父さんも、そんな中、やらかしてしまった!ベンチに戻ると、チーム全員がガックリ。それでも気にしないこと!それで「世界の終わり」ではないだろう。失敗から学ぶんだ。ミスをしたら、それを自分の経験の糧にして、前へひたすら進むんだ。 

 

スポーツのチームは、試合の録画を何時間も見て、どんなミスがあったか確認する。人間は機械ではないんだ。やみくもに続けるのではなく、考えながら続けることが大切だ。 

 

<音色・音質こと全て> 

 

どんな楽器を演奏するにしても、音色・音質こそ、唯一最重要だ。どうしてこの話をするのかって?それは、楽器に乗って流れ出る君の音は、音楽面での「君らしさ」に他ならないからだ。楽器の音は、正に君の声の様なもの。ところで、音も色々で、開いた音やこもった音、楽しげな音や悲しげな音、大きな音や小さな音、そしてどれも「美しい」。楽器を習い始めたら、まずその楽器本来の音、トランペットならトランペットの本来の音を出せるようにする。次に、単に「トランペットの音」から、ウィントンの音とかエディの音とか、とにかく誰でもその人ならではの音、といったものを出せるようにするんだ。ということは、音色・音質を磨き上げる練習をする時は、まずは楽器本来の音をキチンと出せるようにして、次のその音に、自分の個性を色付けしてゆくということだ。 

 

憧れのプレーヤーを真似することは、全然かまわないことだ。音楽表現のネタを幅広くしてゆこうと思ったら、真似する以外に方法はないからね。でも同時に、君にしかできないこと、というものを見つけることも大切だ。だって、自分らしい音を聞かせることが出来たら、気分がいいだろうし、それを聞く他の人にしても、君の奏でるサウンドの中に、君らしさを見出すことが出来たら、きっと楽しいんじゃないかな。 

 

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪ 

 

さて、ここまで見てきたことが、アンサンブルなどチーム活動に取り組むときに、どう生きてくるか、話そう。音楽をしていると、大半の時間は、グループでの活動に費やされるし、音楽をやっていて最高の瞬間というのも、グループで努力した結果がもたらすことが大半だよね。実際、音楽以外でもそうだ。君は何回も聞いたことがあるだろう、表彰を受けている人のスピーチだ「ありがとう、と言いたい人たちがあまりにも多すぎて・・・みんなで頑張った結果です、本当に」。グループとはいいもんだよね。教会の中で集団礼拝とかあるじゃないか。想像できるだろう。300人位の人々が同じお祈りを唱えるんだ。始まったばかりの時は少しずれていても、少しした処でグループ全体のリズムが揃って、終わってみれば、バッチリ一体感が出ていたりする。これこそグループでの活動の真骨頂。「一緒にやろう」とする気持ちこそ、アンサンブル、ひいては、人と共に暮らしてゆくことを、成功させるカギなのだ。 

 

グループで演奏する上で非常に大切なのは、良いマナー、そして「聴く」ということだ。音楽で「良いマナー」とは、他の人とバランスを取って、そしてよく耳を傾けること。「バランスを取って」とは、自分の役割が何なのかを、分かっている、ということだ。今演奏をしているのは、ハーモニー?、ソロ?、リズム?、それともお休み?、といった具合にね。 

 

休みの小節の処では、自分はアンサンブルの一員だ、という意識がなくなってしまうかもしれないが、とんでもないことだ。休みの小節の処では、他のパートを聴いて、心の中でそれを支えるんだ、という意識で集中するべきだ。自分の出番が来るまで、ボケっと小節数を数えるんのではなくて、曲全体を理解しようとして、自分の役割を知ること。 

 

鍛えるべき能力が色々ある中で、聴く力が一番大事なんじゃないかな。誠実さがないと身に付かない能力だからね。誰かと話をしていて、「あ、この人僕の話に興味ないな」と感じたことはないかい?その子が次に言う事で、そうだったとハッキリする。その子は自分が言いたかった関係ない話題を切り出すタイミングを、じっと待っていただけ、みないなね。アンサンブルに取り組むときにも、同じ問題が起きる可能性がある。多くの楽曲の演奏で、ミュージシャンは、曲中の様々な主題や仕掛けを使って会話をするわけだが、それには、コールアンドレスポンスが大抵用いられる。ちゃんと聴いていないと、他のメンバーからの「コール」を聞き逃して、君の「レスポンス」は音楽的とは言えなくなるぞ。 

 

合奏練習を通して、我儘を抑える力をつけよう。君以外のプレーヤー達だって、ちゃんと上手に聞かせることで、曲作りが上手く行くってもんだ。君が受け持つ、多分一番どうでもいいと思われるような役割部分を、キチンとやって、君以外のプレーヤー達を感心させてこそ、君はそのメンバーとして成功するかどうか決まる。 

 

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪ 

 

それじゃ、僕からの「練習の秘訣」、最後の残り四つだ。 

 

その9 ひけらかさないこと 

 

理由その1、皆に嫌われるから。今でも覚えていることだけれど、僕は高校時代、ジャズの演奏でソロを吹く時は、循環呼吸法を使っていた。鼻から息を吸い続けながら、口から息を吐き続ける、というものだ。10分くらいでも、息を切らさず演奏し続けられる。でも当然、その10分間の演奏の価値は、それだけのことにしかならなくなってしまう、という訳だ。 

 

んで、僕は一晩中だってこれで吹き続けることが出来た。でもある日、僕のお父さん、これがジャズピアニストなんだけれど、こう言ったんだ。「おい、せがれよ。ウケ狙いで吹いていると、それっきりだぞ。」これはガツンときたね。客にウケると分かっていて、ひけらかしていたために、肝心の音楽の中身を台無しにしていたってことだ。君も演奏する時は、「ひけらかし」は止めよう。中身で勝負しよう。これが心を磨き、腕を上げる一番の方法だってわけだ。 

 

理由その2、アンサンブルの大事な所を外してしまうから。そして、人を欺く行為だから。料理をするのに、何でもかんでも砂糖を使うようなものだ。食べる人は、初めの内は美味しいと言ってくれるだろうけれど、そのうち飽きられてしまう。残された君はというと、料理の腕は上がっていない。音楽をする者として、いつでも聴いてくれる人達と良い関係でいよう。ひけらかしは、音楽を通して人々と語り合う機会を、自分から台無しにする行為だ。ただの、だまくらかしや、ごまかしに過ぎない。誰かの仲間に入れてもらおうとして、本当の自分を偽るようなものだ。自分自身と、入れてもらおうとする人達にウソをつくことになる。 

 

その10 自分で工夫しよう 

 

君のコーチは、何らかの方法で君に音楽を教えようとしてくれるわけだけれど、それが君と君の欠点や能力にどう影響を与えるだろうか、と考えながらでないと、ただハイハイと聞き入れていてはダメだ。最も広く世間に受け入れられている方法は、確かに最も効果的だろうけれど、いつもそうとは限らないし、また全ての人に当てはまるとも限らないじゃないか。 

 

走り高跳びって陸上競技にあるだろう。オリンピックにしろ、その他の大会にしろ、昔は助走して体の前が下を向くようにバーを飛び越えるのが普通だった。そしたら、フォズベリーという男が考えた。助走して体の背中が下を向くようにバーを飛び越える方法をね。皆に笑われたけれど、フォズベリーがその方法でオリンピックの金メダルを取った途端、誰も笑わなくなった。今や皆が、フォズベリーの編み出した「背面跳び」で跳んでいる。その方が高く跳べるからだ。 

 

誰だって、ロボットみたいに人の言いなりには、なりたくないだろう。君を教えてくれる人は、道案内はしてくれるけれど、指示した道を行くかどうかは君が決めることだ。音楽をする人として、君が思い通りになる、ならないは、問題が出てきた時に、それにチャンと向き合って取り組むことが出来るかどうかにかかっている。その問題というものによっては、君を教えてくれる人が助けてあげられるものと、君が自分でやるしかないものとがある。後者は、どんなに偉い先生でも無理ってもんだ。 

 

先生が言ってきたことは、まずはやってみること。でもその方法がダメなら、問題解決のための他の方法を探そう。言っておくけれど、カッタルイとかバカバカしいという理由だけで、教わったことを拒否してはいけないよ。 

 

先生と率直に話し合うことが大切だ。と言って、先生に対しては敬意を払って、一線を越えないこと。無意味な口論に落ちぶれないこと。そうでないと、先生も生徒も両方不幸になるだけだ。先生というのは、生徒から良い質問を投げかければ、教え方も良くなるものなんだ。意地の張り合いは、大抵失敗ばかり。一旦先生と生徒との間に、敵意なんか芽生えた日には、良いコミュニケーションなんて生まれっこない。 

 

自分で工夫していると、判断力がついてくる。自分のしたことへの責任感も持てるようになる。時には判断を誤って自らツケを払うことにもなるだろう。でもうまく判断できれば、手柄は君のものだ。 

 

その11 前向きに物事は捉えよう。 

 

人生の見え方は、君の考え方次第でどうとでもなる。前向きに物事を捉えていると、いつだって世の中は素晴らしく見えてくる、というか、素晴らしくなる。後ろ向きでは、楽しくもなんともない。「後ろ向き」が楽器から鳴り響いてきたら、これほど悲惨なものはないからね。伝説の、偉大なドラム奏者であるアート・ブレイキーは、よくこう言っていた。「音楽は日々の足の汚れを洗い流してくれるものだ」とね。だから、何をしようとするにしても、四六時中文句を言いながらやりたい、なんて人はいないだろう。ブルース音楽の様なものの考え方をするべきだ。そうだよ、今は良くないかもしれないけれど、それは良くなってゆくものなんだ。本当だよ。 

 

前向きな姿勢を身に付ける方法がある。物事を色々な角度から見て取るようにするんだ。ほら、古い諺にあるじゃないか「このコップ、半分『しか』水が入っていない?半分『も』水が入っている?」とね。どちらも本当のことだよね。見方を一つに決めてかかってしまったら、それしか出来なくなってしまうものだ。どんな課題に取り組むときでも、それを前向きに捉えてみろ、といわれても、それは辛いよね。でも繰り返すうちに、これは習慣になってゆくし、経験を積むことで、無意識にできるところまで身に付くものだ。 

 

前向きな姿勢は、人前で演奏する時には、とても大切だ。本番中のミスは、誰にでも必ず起こりうるものだ。ミスをしたら、気持ちが沈んで、この本番は台無しだと思ったりしないで、止めずに前より挽回して演奏すればいい。自分では大失敗で目も当てられないミスをしてしまった、と思っていても、実際は大したことなかった、なんてことは良くあるだろう。前向きな姿勢は我慢強さをもたらしてくれる。なぜなら、どんな時でも「良いことあるぞ」という気持ちでいられるわけだからね。諦めて投げ出さず、演奏し続けたい、と思わせてくれる。それが前向きな姿勢だ。 

 

いよいよこれが最後の一つだ。 

 

その12 何事に対しても、他のとの関連性がある、と思って、アンテナを張ろう 

 

これこそ、この本でずっと触れてきていること。他のと関連性を見出そうとすること。どんなことに取り組むとしても、どれも必ず他と繋がる処があるものだ。だから楽器の練習を、色々なことと結び付けて考えてきたね。家を建てること、言葉を学ぶこと、スポーツ、料理、人付き合い、その他色々沢山例に出してきたね。生きているその中で、他とのつながりを見出そうとしていれば、君自身も、そして君が思っていることも、この世の中で独りぼっちになど、決してならないものだ。自分と似ているところ、自分が思っていることや自分が取り組んでいることと似ているところ、そんなことを、パッと見たところ全然違うものの中に見つけることが次々とできれば、この世界での君の居場所や、この世界と君との絆の本数は、どんどん増えてゆくことだろう。 

 

 

 

 

 

鑑賞の手引き 

 

(141ページ) 

 

第1章 思わず足踏みをするのはなぜだろう:リズムについて 

 

くるみ割り人形組曲  

ピョートル・イリイッチ・チャイコフスキー作曲 

デューク・エリントン、ビリー・ストレイホーン編曲 

 

チャイコフスキーが「くるみ割り人形組曲としてまとめ上げたこの音楽。元は、同名のバレエ「くるみ割り人形」のために作られたものです。このバレエは、フランス出身の大舞踏家、モーリス・プティパが振付を担当し、1898年12月、ロシアのサンクトペテルブルクで初演されました。バレエは大成功。その理由は、魅力的なメロディもさることながら、そのプロモーションに秘密が!チャイコフスキーは、バレエの初演に先立ち、その使用曲の中からベストセレクションを演奏会用組曲として発表。これをコンサートで聴いた観客が、バレエの初演に際しては、耳慣れた状態になっていた、と言うわけです。おとぎ話のようなストーリーを持つこのバレエ。くるみ割り人形の王子様が、兵士達を率いて、怪獣ネズミ大王に勝利します。その後、クララと、見知らぬ世界の国々から人々や風物が集まる「お菓子の国」を旅するというものです。このバレエは国境や民族を越えて人々に愛され、特にクリスマスの時期によく上演されます。数あるバレエの中でも、最も多くの人々が見たことのある作品ではないでしょうか。 

 

(142ページ) 

 

チャイコフスキーの「花のワルツ」は奇数拍(3拍子)のリズムであるのに対し、デューク・エリントン版の「フローラドール達のダンス」は偶数拍(4拍子)のリズムです。チャイコフスキーデューク・エリントン、二人とも基本的に同じ節(ふし)、つまりメロディを使って作曲しています。さて、ここで耳を働かせて、リズム(拍、アクセント、休符)を構成してゆく様子を捉えてみましょう。チャイコフスキーは3/4、エリントンは4/4となっています。 

 

それから、チャイコフスキー作曲の「行進曲」と、エリントン版の「ビーナッツ・ブリットル・ブリゲート」。どちらも偶数拍のリズムです。このリズム、パレードでは役に立ちます。ま、当然ですよね。行進して歩いている人達の足の本数は、大概偶数の二本ですから。「ピーナッツ・ブリットル・ブリゲート」のソロの部分を聴いてみましょう。ここは作曲したエリントン自身がピアノで弾こうと書いた部分で、リズムも、第1章本文で触れた、行進するような、弾むような、飛ぶような、くすぐるようなものが出てきます。更には、曲の終わりの部分に出てくるシンコペーションも聴き所です。エリントンが、偶数拍のリズムと奇数拍のリズムを、その出だしでつなぎ合わせることで作り出したものです。 

 

テンポの違いは曲の雰囲気を変えます。チャイコフスキー作曲の「ロシアの踊り」(トレパーク)と、エリントン版の「ボルガ・ボウティ」。使っているメロディは一緒でも、チャイコフスキーの方はエキサイティングに速く、エリントンの方はスウィング感を効かせてゆっくりと。どうです?テンポの違いが曲の雰囲気に与える影響、聴いてわかりますよね? 

 

(143ページ) 

 

エリントン作曲の「シュガー・ラム・チェリー」。チャイコフスキー版の「金平糖の踊り」の編曲版です。曲の冒頭で、ドラムスが基本リズムを演奏します。チャイコフスキー版で、ピチカート(弦を、弓ではなく手を使い、弾いて音を出す方法)をするコントラバス。やっていることは、エリントン版のドラムスと同じ、いわゆる「肉体労働」です。この様子を聴いてみましょう。それから、基本リズムが曲の雰囲気の決めてとなる、ということについては、エリントン作曲の「トゥト・トゥト・トゥティ・トゥト」、そしてこの曲のチャイコフスキー版である「葦笛の踊り」を聴くと分かります。この二曲とも、ブリッジの部分で(第2章参照)、音楽に変化が生じることにも注目しましょう。基本リズムがそのペースを、そしてメロディがその調を、それぞれ、変えてくる所だからです。 

 

シンコペーション(予想外の音楽の展開に持ってゆくこと)、エリントン版のチャイコフスキー作曲の「くるみ割り人形」は、これに尽きます。最初の序曲から最後の曲まで、チャイコフスキーのメロディを基にして、テンポやリズムに予想もつかない変化を加え、後打ちや意外性たっぷりのアクセントのつけ方をしています。 

 

ピョートル・イリイッチ・チャイコフスキー:21ページ参照 

 

デューク・エリントン(47ページからの続き) 

 

ストレイホーンとエリントンとは生涯音楽活動を共にし(デュークは1974年に75歳で他界)、全米そして全世界をバンドと共にツアーで回り、自分達の作品を演奏しました。超一流のジャズミュージシャン達がバンドに参加し、バンドの規模も時に18人から20人にまで拡大してゆきます。1943年から1952年まで開催された、カーネギーホールでの年に一度のコンサートは、いつもチケットは完売でした。 

 

(144ページ) 

 

エリントンは、プロとしてスタートした時からすぐに、凄まじい創作力を現しました。エリントンの新しいことに取り組む、その凄さは、今なお、新しい発見がされていますが、極め付きは何と言っても、エリントンは様々な音楽形式を扱い、再び光を当てたことにあります。エリントンはアメリカに在る、実に多くの種類の音楽を融合してゆきました。コメディーショーの歌やラグタイム、歌謡曲、ブルース、そしてヨーロッパ音楽の伝統的スタイルをアメリカ流にした音楽、こういったものを統一感あるスタイルにまとめ上げてゆきました。技術的には大変難しいものの、表現されるものや、曲に込められたメッセージといったものが、ストレートに、そしてシンプルに伝わってくる音楽は、20世紀の、所謂「芸術音楽」が大きく欠いていたものです。 

 

エリントンの偉業で、最初に挙げられるものは、初期のレコーディング曲に用いた、演奏時間3分の音楽形式を確立したことです。1920年代、レコーディングは蓄音機を用いました。片面わずか3分間。エリントンの、演奏時間の比較的短い小品の代表作は、「ココ」(1939年)、「コンチェルト・フォー・クーティ」(1939年)、それから「ハーレム・エアシャフト」などが挙げられます。 

 

エリントンの、ブルースの曲作りは、その形式やハーモニー、メロディの作り方に新しいコンセプトを生み出しました。それらが見られるのが「ムード・インディゴ」、「ディミニュエンド・アンド・クレッシェンド・イン・ブルー」(1937年)、そして「アド・リブ・オン・ニッポン」(1964年)です。 

 

また、エリントンはロマンチックバラードの作曲にも、優れた才能を示しました。映画「ソフィスティケイティド・レディ」の中の音楽(1932年)、そして、エリントン楽団でフューチャーリングした名手達との作品。ジョニー・ホッジとの「ウォーム・バレー」(1940年)、ローレンス・ブラウンとの「愛への憧れ」(1936年)、それからショーティ・ベイカーとの「オール・ハート」(1957年)など、枚挙にいとまがありません。 

 

(145ページ) 

 

エリントンの書いた音楽は、小さな所ではダンスホールや芝居小屋、ナイトクラブといった所、広い所では映画館、劇場、コンサートホールから大聖堂まで、あらゆる場所で演奏されました。映画音楽では「アスファルト・ジャングル」(1950年)、「或る殺人」(1959年)を手掛けています。全世界で年間300回近くコンサートを開催し、聴衆を熱狂させました。今の時代の「ワールド・ミュージック」の動きを先取りするかのように、常にツアーで世界中を回る中で見つけてきた、モチーフや音楽のスタイル、雰囲気といったものを採り入れた作品を生み出しました。「極東組曲」「アフロ=ユーラシアン・エクリプス」(1971年)などがそれです。 

 

デューク・エリントンは1974年5月24日に亡くなりました。作った曲、録音した演奏に加えて、輝かしい人生と業績をつづった自伝「音楽、我が恋人」が、1973年に出版されました。 

 

エリントン/ストレイホーン版の「くるみ割り人形」の曲名について 

 

まずは「フローラドール達のダンス」。これは二つの名作のタイトルを組み合わせたものです。一つは、チャイコフスキーの「花(フラワー)のワルツ」。もう一つは1957年の、ジャン・アヌイのブロードウェイの傑作「闘牛士トレアドール)達のワルツ」。アヌイの方のタイトルも、ジョルジュ・ビゼーの名曲「闘牛士達の行進」(オペラ「カルメン」より)にインスピレーションをうけたものです。次に「ピーナッツ・ブリットル・ブリゲート」。チャイコフスキーの「小さな行進曲」を踊る子供みたいな感じが出ている名前です。「ボルガ」というのは、ロシアで一番長い川です。アメリカで言うと、ミシシッピ川ですね。「ボウティ」は「ブーティ」:「ブーティ・グルーヴ」(ワクワクする調和のリズム)です「シュガー・ラム・チェリー」なんて、ナイトクラブのカクテルみたいですよね。「金平糖」の大人版でしょうか。「トゥト・トゥト・トゥティ・トゥト」は、最初は「蒸気オルガン、トゥティトゥ トゥトゥティトゥ」というタイトルでした。チャイコフスキーの「葦笛」が、エリントンのサーカススチームオルガンに変わった、というところでしょうか。 

 

(146ページ) 

 

第2章:聴きどころをのがさずに:形式について 

 

古典交響曲 セルゲイ・プロコフィエフ作曲 71ページからの続き 

 

そしてプロコフィエフは、作曲と演奏旅行の両方の生活が始まったのです。その第一歩に選んだのが、初めてのヨーロッパツアー。プロコフィエフは、ロンドン、パリ、そしてローマを訪問しました。この頃の作品の多くは、大音量、複雑、そして不快感のある音楽が続きました。といっても全部が全部、そんな曲ばかりではありません。プロコフィエフは、軽めで解り易く、可愛らしくて茶目っ気すら感じさせるような音楽、そう、ヨーゼフ・ハイドンのような昔の作曲家達が作った音楽に対しても、大きな愛情を注ぎ作曲に取り組みました。実際、はじめて作曲した交響曲ロシア革命の最中、1917年に完成)に「古典」と名付けて、聴く人一人一人が、この曲が大がかりではない、うるさくない、バランスも変ではない、ということが、ちゃんとわかるようにしてある、というわけです。 

 

それから20年もの間、プロコフィエフは、仕事と暮らしの時間を、母国ソ連と外国で半分ずつ過ごしました。「ピアノ協奏曲第三番」と、あの御伽噺のようなオペラ「三つのオレンジへの恋」は、両方とも1921年にシカゴで初演されました。1923年から1930年代の中頃まで、プロコフィエフはパリを拠点としましたが、引き続きピアニストそして作曲家として世界を飛び回り続けました。1938年初頭の、ヨーロッパ・アメリカツアーを最後に、1953年3月5日に61歳で亡くなるまで、ずっとソ連に居を構えました。 

 

(147ページ) 

 

プロコフィエフは、作曲家として多くの作品を遺しました。オペラが8作品、交響曲が7曲、ピアノ協奏曲が5曲、バイオリン協奏曲とチェロ協奏曲が各2曲、ピアノソナタは9曲が重要な作品として評価されています。更には、多くの愛国心溢れるカンタータや、それから数多くの歌曲も残しています。プロコフィエフの有名な作品の中には、ソ連映画のために元々作曲されたものもいくつかあります。「キージェ中尉」(1933年)、「アレクサンドル・ネフスキー」(1936年)「イワン雷帝」(1945年)などがそうです。「アレクサンドル・ネフスキー」と「イワン雷帝」は、旧ソ連時代の偉大な映画監督、セルゲイ・エイゼンシュテイン(1898年生-1948年没)の作品です。これらの他にも、良く演奏される作品として、バレエの「ロメオとジュリエット」(1936年)や「シンデレラ」(1945年)、交響曲第一番「古典交響曲」、第五番(1944年)、そしてピアノ協奏曲の第三番、などが挙げられます。おそらくもっとも有名な作品は「ピーターと狼」(1936年)ではないでしょうか。この曲は、語り手と管弦楽のために作曲された音楽物語で、「管弦楽とはどんな編成なのか」を聴き手に紹介するような作品です。語り手が語る物語に登場するキャラクターに、それぞれ楽器があてがわれて、それらの楽器がキャラクターを表現するようになっているのです。主人公のピーターはバイオリンセクション、鳥はフルート、アヒルオーボエ、猫はクラリネット、おじいさんはバスーン、狼はホルンセクション、そして狩人達はティンパニ、といった具合です。 

 

(148ページ) 

「アイ・ガット・リズム」 ジョージ・ガーシュウィン作曲 76ページからの続き 

 

当時、ラジオの無かった時代、人気作曲達や、あるいは出版各社とも、楽譜の販売、そして有名アーティストへボードビルショーの舞台での演奏委託、こういったことによりビジネスとして成り立たせていました。アーヴィング・シーザーという、ガーシュウィンの初期の作品の作詞担当者は、当時を振り返り、「レミックスは素晴らしい所だった。いつも何かしらハプニングが起きていた。アーティスト達が集まってきては、自分達のライブ用にと、新曲を聴いていくんだ。まるでリハーサル現場そのものだったよ。みんなジョージに新曲を弾いてもらうのが大好きだった。何しろ、ジョージの弾き方は、だれにも真似できないからね。」 

 

間もなくガーシュウィンは、自動演奏ピアノ用のロール紙に、演奏を落とし込んでゆくことで、稼ぎを増やしてゆきました。これらロール紙は、いわば、ガーシュウィン自身の、最初の演奏レコーディングというべきものです。しかし、レミックス社に四年間勤務した後、ガーシュウィンは流行歌を作って金儲けをすることにウンザリしてしまい、会社を辞め、ブロードウェイのショーで演奏するための、自分自身の曲を作り始めます。兄のアイラが、よく作詞を務めました。また、ガーシュウィンは、より演奏時間の長い、そしてよりクラシック音楽的な形式を持つ作品に、自分の音楽表現をこめてみようと望んでいました。既に10作品ほど、ショーやレビューを手掛けていた1924年、いわゆる「ジャズ協奏曲」を作曲する最初のチャンスが訪れます。即ち、これが大人気となる、ピアノと管弦楽のための「ラプソディー・イン・ブルー」だったのです。この曲と、後の作品の売り上げと上演により、ガーシュウィンは経済的に余裕が生まれ、短い残りの人生、ポピュラー音楽とクラシック音楽の両方を書き続けました。1937年7月11日、急性の、そしてあっという間に進行してしまった脳腫瘍ため、この世を去ります。享年38歳。世界的名声が絶頂の最中のことでした。 

 

(149ページ) 

 

ガーシュウィンの作品の中で、広く演奏されているものとしては、他にも、ピアノ協奏曲へ調や、管弦楽のための素描「パリのアメリカ人」(1928年)などがあります。もっとも重要な作品の一つが、オペラ「ポーギーとベス」(1935年)。これはジャズのリズムを採り入れたものです。このオペラは、サウスカロライナ州の都市・チャールストンアフリカ系アメリカ人達の物語です。このオペラの中で使用された曲(「サマータイム」や「イット・エイント・ネセサリ・ソウ」など)や、ブロードウェイのショー、あるいはハリウッド映画など、20数作品以上もの中で使用された曲は、またたく間にジャズ・ミュージシャン達の定番曲となり、演奏され、インプロバイズされてゆきました。「アイ・ガット・リズム」もその一つ。元々は1930年のミュージカルコメディ「ガール・クレイジー」の中の曲で、初演時には、エセル・マーマン(1908年生-1984年没)が歌いました。32小節形式(AABA形式)のお手本のような曲です。この曲を聴く時は、特に、シンコペーションに注目しましょう。主題提示部・展開部(ブリッジ)を通して使われているリズムです。 

 

「コットン・テール」 デューク・エリントン作曲 

 

「コットン・テール」は1940年に作曲された、コーラスフォーマットの形式を持つジャズ作品です(第2章参照)。同じ32小節から成る五つのコーラスに注目して聴きましょう。最初の「A」が8小節、もう8小節が次の「A」、「B」(ブリッジ)に8小節、そして再び「A」 

に8小節。 

 

8+8+8+8=32 これが5回繰り返されます。 

 

(150ページ) 

 

最初のコーラスは「アンサンブルコーラス」(全体合奏)。ブリッジにはトランペットのソロが出てきます。二番目のコーラスは「サックスソロコーラス」、ブリッジには金管セクションが加わります。三番目のコーラスはトロンボーンセクションが主役。ブリッジにはバリトンサックス、そして最後の「A」にはピアノが加わります。四番目のコーラスは、サックスセクションが始めから終わりまで演奏します。そして五番目のコーラスは金管楽器とサックスセクションとの間で交わされるコールアンドレスポンス(第2章、第3章参照)で始まり、「B」(ブリッジ)でトロンボーンが加わり、そして曲の一番最後の部分となる「A」で、最初の部分と同じように全体合奏によって締めくくります。 

 

アメリカ」の主題による変奏曲   

チャールズ・アイヴス作曲 ウィリアム・シューマン管弦楽編曲  

83ページからの続き 

 

アイヴスが「アメリカ」の主題による変奏曲を作曲したのは、1891年。この時、アイヴスはまだ17歳。この曲は自分がオルガンで弾くために作ったものです。この、誰もが馴染みのあるメロディへの手の加え方は、時に、かなり拙いこともある、と聴いて感じた方もいることでしょう。アイヴスが亡くなって約10年後、ウィリアム・シューマンというアメリカの作曲家(1910年-1992年)が、この変奏曲を大変気に入って、1964年に管弦楽用に編曲をしました。この本の付録CDでは、小澤征爾指揮のタングルウッド音楽センター管弦楽団が演奏しています。 

 

このCDの演奏には、主題、四つの変奏、そして終結部が出てきます。第一変奏では、メロディはミュートをしたトランペットが受け持ちます。(訳注・映像があるなら)そして、よく注意して演奏の様子に目を凝らし、耳を澄ませましょう。バイオリンパートが伴奏を弾いていますが、何と、弓の背中の部分(木の部分です、馬の毛の方ではなく)を弦に当てているのです!第二変奏では、弦楽器セクションがメロディを受け持ちます。これには木管セクションの方から、くすぐるような、手の込んだ飾りつけが聞こえてきます。第三変奏では、オーケストラを二つに分けて、このメロディを二回演奏します。それも輪唱(「こげよマイケル」なんかが、その一つですね)の様に、次々追いかけっこをしながら。第四変奏では、トランペット、テューバ、そしてティンパニが主役になりますが、雰囲気は打って変わって、炎のように情熱あふれるスペインの舞曲 - タンゴです。沢山の、カスタネットなどの打楽器も加わります。このCDでは、原曲を短くカットしてあり、ここから気取った、そして壮大なフィナーレへと進んでゆきます。 

 

(151ページ) 

 

ハッピー・ゴー・ラッキー・ローカル  デューク・エリントン作曲 

 

「ハッピー・ゴー・ラッキー・ローカル」は、デューク・エリントンが1946年に「ディープサウズ組曲」(南部組曲)の一曲として作曲したもので、12小節ブルースというものが、ジャズの作品を作る上で非常に応用が効きやすい音楽形式であるという、素晴らしい一例です。まず注目は、曲の始まりとなる序奏部分。サックスのソロが描き出す機関車。のろのろ、ガタゴト、駅から駅へと、のどかな田舎を客車を引きながら、アメリカ南部の雰囲気たっぷりの汽笛を鳴らすのはトランペットセクション。そして、コールアンドレスポンスやリフ。ウィントン・マルサリス楽団の演奏で、もう何度も聞きましたね。 

 

(152ページ) 

 

列車を扱った音楽作品は沢山あります。アーサー・オネゲルの「パシフィック231」(1924年)やエクトール・ヴィラ=ロボスの「カイピラの小さな列車」(1921年)から、グレン・ミラーの「チャタヌガ・チュー・チュー」(1941年)まで、様々な作品があります。デューク・エリントンも多くの列車を扱った作品を遺しています。「チュー・チュー」(1924年)や「ロコ・マディ」(1972年)などです。あのスコット・ジョプリンも「大きな衝突マーチ」(1896年)という作品があります。不協和音を使って汽笛を、大音量の和音を響かせて衝突する様子を、それぞれ曲の中に使って表現しています。 

 

(152ページ) 

 

ジョン・フィリップ・スーザの行進曲作品  95ページからの続き 

 

1892年、スーザは海兵隊を退役しました。自身の吹奏楽団設立のためです。それから40年間、1932年3月6日に77歳でこの世を去るまで、スーザバンドの為に作曲を手掛け、指揮をし、世界中を演奏旅行で廻り、音楽史上もっとも有名なバンドへと育て上げたのです。 

 

当時は吹奏楽団があちこちに立ち上げられた最盛期でした。ある新聞は、その数を全米で10,000団体位ではないか、とし、定期的な演奏活動を、全米のあらゆる規模の都市で繰り広げていた、といいます。演奏の場は、公の行事としての式典やパレード(1876年に沢山行われた、独立100周年行事も、その中の一つ)、観客を前にしてのコンサート、国や地域の物産展、博覧会、人々が休暇を過ごすリゾート地、遊園地、郡(自治体)の催し物、それから、ちょっとした遠出の先での演奏、などでした。あらゆるジャンルの曲が演奏されました。人々によく知られている愛唱歌、踊りの曲、讃美歌、ヨーロッパの大作曲家達の作品を抜粋したもの - モーツアルト、ベートーベン、ロッシーニヴェルディ、そしてワーグナーなど - 。そういった中でも、行進曲はとりわけ沢山演奏され、ジョン・フィリップ・スーザの作品の人気はダントツでした。 

 

(153ページ) 

 

スーザの行進曲作品には、全ての曲に、二拍子の拍子感があります。作品の大半は、16小節単位のフレーズで区切られ、個々のフレーズは大抵繰り返し演奏されます。そして大抵どの作品にも、中間部のフレーズがあります。トリオと呼ばれ、曲中では他の部分よりも比較的穏やかに、そして、フレーズのキー(調性)も曲の出だしとは変えて(大抵は四度上げる)演奏されます。スーザは、その生涯で、136曲の行進曲を手掛けましたが、それに加えて、他にも多くの、舞曲、組曲、歌曲、そしてミュージカルコメディも10数作品あります(大半は、残念ながら「傑作」とはいかなかったようです)。比較的よく知られた行進曲を挙げてみましょう。「エル・キャピタン」(1896年)、「海を越えた握手」(1899年)、「無敵の鷲」(1901年)、「キング・コットン」(1895年)、「マンハッタン・ビーチ」(1893年)、「ナショナル・ゲーム」’(1925年)、「アメリカ陸軍砲兵隊」(1917年)、そして、その中でも最大の人気作品、スーザが自身のバンド・スーザバンドのコンサートの度に、少なくとも1回は演奏したという曲、それが「星条旗よ永遠なれ」(1896年)です。 

 

(154ページ) 

 

スコット・ジョプリンラグタイム作品   100ページからの続き 

 

ジョプリンの、自身のテキサス・メドレー・カルテットのために作曲した初期の作品は、どれも従来のよくある方法で書かれていました。しかし、1899年の「オリジナル・ラグ」で、ジョプリンの成熟した芸術性を世に知らしめます。当時の人々が驚いた、その創意工夫に溢れた美しい手法で、ラグタイムという、新しい音楽表現を、ジョプリンが完全に自分の物にしたことを、音にして見せました。「メイプルリーフ・ラグ」は大成功、100万部以上の楽譜の売り上げを達成し、このおかげで、ジョプリンは教育、研究、そして作曲活動へ打ち込むことが出来るようになったのです。 

 

それからの6年間、セントルイス在住中、ジョプリンは19もの珠玉のラグ、行進曲、そしてワルツを、ピアノ用に作曲しました。しかしジョプリンは次第に、コンサートホールや歌劇場で演奏する規模の、管弦楽曲を作りたいと思うようになりました。こういった大きな曲 - 「ラグタイムダンス」(1902年)、歌劇「一番大事なお客様」(1903年)、そして「トゥリーモニシャ」(1911年)は、生前、聴衆ウケは、あまりしませんでした。「トゥリーモニシャ」は、ジョプリンの時代には、まだ早すぎる作品だったのです。使用されている作曲技法もそうですし、主人公の女性も、勇敢で、頭が良くて、自立心がある、というものでした。ジョプリンの母親がモデルになったということです。残念なことに「トゥリーモニシャ」と「一番大事なお客様」の管弦楽版スコアは、今のところ残されたものは見つかっていません。ジョプリンは最後ニューヨークで亡くなりました。1917年4月1日のことです。享年48歳。晩年は「トゥリーモニシャ」の舞台上演をプロデュースしようと奔走する日々でした。 

 

1970年代に入り、ジョプリンの音楽は、ようやく再び日の目を見るようになりました。現在では、世界中の著名な演奏家やオーケストラが、頻繁に取り上げ、録音も沢山手に入ります。ジョプリンの没後、1976年に、ピューリッツァー音楽賞が贈られました。 

 

(155ページ) 

 

「ハイ・ソサエティ」 ポーター・スティール作曲 

 

「ハイ・ソサエティ」は、ポーター・スティール作曲の、吹奏楽の為の行進曲で、1901年に出版されました。作曲の手法は、スーザの行進曲と同じです。二拍子の拍子感、フレーズが16小節で一区切り、トリオ、といったスーザの行進曲が持つ伝統的なスタイルは、そのままで、マーチングバンドが演奏するサウンドとは全く異なるジャズバンドの演奏が、ラグ、シンコペーション、そしてインプロバイゼーションを駆使する様子を聴いてください。 

 

「ウーピン・ブルース」 

 

ニューオーリンズ・ブルースの名作「ウーピン・ブルース」には、この本で見てきた、インプロバイズのあらゆる技法が出てきます。グルーヴ、ポリフォニー、テールゲート、コールアンドレスポンス、そしてリフ。曲中、10回のコーラス一つ一つに、こう言った手法が散りばめられているのを聴いてみましょう。 

 

ルイ・アームストロング  116ページからの続き 

 

1918年、ジョー・オリバーはシカゴへ移ります。当初アームストロングは、オリバーには同行せずニューオーリンズに留まりましたが、1922年、シカゴへ移り、オリバーのバンドへ復帰します。そしてここから、天才ルイ・アームストロングの伝説が始まります。この時からずっと亡くなるまで、アームストロングは行く先々で、人々の賞賛を受け、皆がアームストロングの真似をし、そして愛されたのでした。 

 

1924年、アームストロングは、シカゴにあるオリバーの楽団を退団し、ニューヨークへ移ります。フレッチャー・ヘンダーソン楽団へ入団するためでした。1925年までに、再びシカゴへ戻り、「ホットファイブ」あるいは「ホットセブン」などと、メンバーの人数によって名前を変えていったバンドです。「コルネット・チョップ・スーイ」は、その「ホットファイブ」がレコーディングした作品の一つです。 

 

(156ページ) 

 

アメリカの大衆音楽の演奏解釈については、アームストロングに匹敵する音楽家は、当時は誰もいませんでした。アームストロングは、ジャズでソロを演奏する時に、どうやって理にかなったインプロバイゼーションをかけるか、の考え方を確立し、そのおかげで世界中にスウィング奏法が広まってゆきました。超一流のトランペットの巨匠であったことに加えて、アームストロングはジャズボーカルのスタイルを創り出した人でもあり、その表現の多彩さはフランク・シナトラやビリー・ホリデーに肩を並べるほどでした。 

 

アームストロングのトランペットのサウンドは、低い音から高い音まで、どんな音域も素晴らしいものでした。しかし何といっても、そのサウンドには、深みのある人間臭さと温かみがあり、それを聴いた多くの人々が、自ずとこう言うのです。「ポップスの演奏を聴けば、ひたすら気分は最高さ」。アームストロングはコンサートツアーを頻繁に行いました。晩年の20年間、アームストロングは、世界で最も有名な、そして世界で最も敬愛される一人となっていたのです。アームストロングが1971年7月6日に亡くなったことは、世界中でトップニュースになりました。 

 

アームストロングのレコーディング作品の内、要チェックは次の通りです。「ウェスエンド・ブルース」(1927年)、「ポテトヘッド・ブルース」(1927年)、「スウィング・ザット・ミュージック」(1936年)、「ベイスンストリート・ブルース」(1928年)、「アイ・ガット・ア・ライト・トゥ・シング・ザ・ブルース」(1933年)、「ルイ・アームストロング タウンホール・ライブ」(1947年)、「音楽自叙伝」(1957年)、「ザ・シルバー・コレクション」(1957年)、「ルイ・アームストロングデューク・エリントン、一つの時代のエコー」(1961年)、「ポップスのディズニー曲集」(1968年) 

 

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行進曲「マンハッタン・ビーチ」  ジョン・フィリップ・スーザ作曲 

 

ジョン・フィリップ・スーザ作曲の「マンハッタン・ビーチ」。1893年の作品です。当時結成されたばかりのスーザバンドが、ニューヨークのマンハッタンビーチ公園で開催したコンサートシリーズの、初回のオープニング曲として演奏しました。以降、スーザバンドは長年に亘り、この地で毎年夏にコンサートシリーズを開催したのです。 

 

付録のCDでは、「マンハッタン・ビーチ」は、タングルウッド音楽センターの吹奏楽団と、ウィントンの率いるジャズバンドが、交互に区切り毎に演奏しています。譜面通りに演奏するクラシック音楽としての吹奏楽用行進曲と、初期のニューオーリンズジャズの演奏スタイルには、関連性がある、ということが分かります。スーザが作ったフレーズが、ニューオーリンズジャズによって、ラグの効いたシンコペーションがかけられ、インプロバイズされてゆくのを聴いてみましょう。いかがですか?どちらも我が国(アメリカ)のテースト、どちらも楽しく、どちらも捨て難い、そう思いませんか? 

 

 

 

 

 

譜面通りに演奏するよう楽譜を作ること、そして、インプロバイズすること 

 

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クラシック音楽は、作曲者が譜面に書いたとおりに演奏される。ジャズ音楽は、演奏者がインプロバイズ、つまり、演奏しながら曲を作ってゆく」こんな風に思っている人もいます。でも実際は、インプロバイゼーションを用いる音楽は、ジャズ以外にも沢山あります。その中にはクラシック音楽もあり、バロック音楽などがそれにあたります。一方、ジャズにしても、作曲した人が書いたものを見て、それをインプロバイズする、というのが普通のやり方です。 

 

この二つの音楽の作り方の、違う点と、関連する点を、それぞれ学ぶ遊びをしてみましょう。最低二人以上で行います。それぞれ予め、紙を一枚と、思い思いのお絵かき道具を用意してください。 

 

この遊びは、三つのラウンドがあります。第1ラウンドでは、参加者全員が「作曲家」となります。作曲家と言えば、楽譜を書くことで、人物や場所、人の気持ちや気分、あるいは何かの状況を音にして描いてゆきます。そういった描くものがピッタリくるように、作曲家は、曲の主題となるフレーズと曲全体の枠組みを、まずは創り出し、それらを発展させてゆきます。のばし広げたり、ひっくり返したり、ある音符を長くして別の音符を短くしたり、スピードを速くしたり遅くしたり、意外性のあるやり方で繰り返してみたり、などとするわけです。それらは、作曲家の個性を反映しています。 

 

この遊びでは、音や音符の代わりに、絵を使って、同じことをやってみます。描くものを思いついたら、それを描くにあたっては、まず最初に、出来る限り最もシンプルな描き方をします。家、船、飛行機、人物、動物、山、何でも結構です。さてこれで、作曲家がするように、基本的な主題と仕組みができましたね。本来のお絵かきでしたら、もし誰にも手を入れられたくなかったら、全部一人で形を変えたり飾りつけをしたりするところですが、今は、インプロバイゼーションを体験する遊びですので、第2ラウンドへ進みましょう。 

 

第1ラウンドを終える時に、他の参加者と紙を交換します。今度はいよいよ、他の人が描いた主題と骨組みに、インプロバイズを加えてゆきます。さてここで、インプロバイゼーションの三つのポイントを押さえておきましょう。 

 

1.その場の思い付きで仕上げてゆきます。会話で発する言葉と同じようにね。 

 

2.持ち合わせているお絵かき道具を、何でも使って仕上げてゆきます。冷蔵庫に在る食材を漁って、サンドイッチを作るのと同じようにね。音楽だと、自分が高い声を出せるなら高い音で、低い声を出せるなら低い声でね。 

 

3.自分の思いや個性を、作るものに込めてゆきます。人それぞれ、方法は異なるわけですからね。 

 

次に第2ラウンドです。渡された紙に家の絵が描かれているなら、その周りに庭を描き足そうかな、とか、新たに色を塗ろうかな、とか考えると思います。自分の好きなようにして良いわけですが、ただし、与えられたものの範囲の中だけに限ります。つまり、紙に描かれているものと、その基本的な姿は変えないこと。そして、手元にある道具しか使ってはいけません。色を塗るために、クレヨンとか絵具といったようなものを、その時持ち合わせていないなら、色を塗ってはいけません。 

 

最後に、第3ラウンドです。自分が最初に描いた紙を返してもらい、相手の人がどうインプロバイズしたか見てみましょう。相手のインプロバイズが気に入ったなら、良かったですね、そのグループなら、作曲家とその作品をインプロバイズする演奏者の集まり、として、楽しくやって行けることでしょう。 

 

 

 

音楽用語集:各説明文中の斜字体の語についても、各々チェックしてください。 

 

アクセント 

音符、拍を、強く際立たせること(第1章参照) 

 

後打ち 

4拍子の、2・4拍目にアクセントをつけること。最近の歌謡曲の多くによく見られる(第1章参照)。 

 

縦棒 

「小節」のニックネーム(第1章参照) 

 

 

鼓動(第1章参照) 

 

ブルース形式 

12小節単位のジャズ形式の一つ。コード、ハーモニーに特徴的なパターンがある。ブルースの、一つ一つのコーラスを見てゆくと、まず、最初の四小節間は、その曲の調の1の和音だけ。中間の四小節間は、4の和音が二小節間と、再度、1の和音が二小節間。残りの四小節間は、5の和音が一小節、4の和音が一小節、最後に1の和音が二小節間(第2章参照)。 

 

ブレイク 

全体合奏が止んで、一人の奏者がソロを弾くこと(第3章参照)。 

 

ブリッジ 

二つの部分の間に入って、それらのつなぎとなる部分。普通は、前後の部分とは異なるメロディ、それも前後とは異なる調によるもの、を持っている。16小節形式、あるいは32小節形式のジャズの曲で、AABA形式の作品は、Bがブリッジになる(第2章参照)。 

 

分散和音 

和音を構成する音が、同時にではなく、バラバラと一つずつ鳴ってくるもの(第2章参照)。 

 

カデンス 

リズムパターンの一種。大抵は太鼓が弾く(第3章参照)。 

 

コールアンドレスポンス 

「会話」を音楽演奏で行うこと。ある奏者の呼びかけに、別の奏者が応答する(第2章、第3章参照)。 

 

コード 

三つ、ないしそれ以上の音を、同時に鳴らすこと(第2章参照)。 

 

コーラス 

楽曲、あるいはブルース、16小節形式/32小節形式といったジャズの形式において、演奏の一区切りのこと。ジャズの作品では、コーラスは、複数回数連続して、交互に演奏される(第2章参照) 

 

集団でのインプロバイゼーション 

メンバー全員が、一斉にインプロバイズすること。ジャズの典型的な特徴の一つ(第3章参照)。 

 

コンプする 

ジャズにおける「伴奏する」のこと(第1章参照)。 

 

協和音 

互いにぶつかり合わず、濁らない、音符や演奏要素 

 

対旋律 

主旋律と一緒に機能するが、性格が異なるメロディ(第3章参照) 

 

不協和音 

二つ、ないしそれ以上の音符、音、コード、音色がぶつかり合うこと(第2章参照)。 

 

頭拍 

小節の最初の拍(第1章参照) 

 

全体合奏 

奏者全員が一斉に演奏すること。 

 

形式 

音楽的な手法が様々にパターン化されて構成されている方法、仕組み(第2章参照)。 

 

グルーヴ 

複数のリズムが、同時に演奏されること(第3章参照) 

 

基本リズム 

リズム、と言う名の「肉体労働者達」によって演奏される拍、鼓動の、基本的な構成(第1章参照)。 

 

ハーモニー 

複数の音を一斉に鳴らして出てくる音(第2章参照)。「コード」「三和音」も参照。 

 

インプロバイズする 

演奏中、その瞬間ごとに音楽を創り出してゆくこと。普通は、作曲した人が使用した主題、あるいは形式から、部分的に材料を採って演奏することで行う(第3章参照)。 

 

調 

関連性のある音符、音が、中心となる音を軸に巡るという、音の組成(第2章参照)。 

 

行進曲 

音楽作品の一種で、これに合わせて行進が行われる。吹奏楽によって演奏され、作曲者が譜面を起こし、偶数拍であることが大勢(第3章参照)。 

 

小節 

二つ、ないしそれ以上の数の拍を含むリズムの組み合わせ単位。基本リズムが構成される仕組み(第1章参照) 

 

メロディ 

節回し、音符が連続しているもの(第1章参照)。 

 

拍子 

音楽作品において、拍・アクセント・休符の構成の仕方 

 

音符 

音楽面で、音を表すもの。 

 

裏拍 

小節の中で、数で呼ばれる拍と拍の間の、間の部分。大抵は「1と、2と、3と、4と」と勘定される中、「と」の部分のこと(第1章参照)。 

 

器楽合奏用の 

主題や音楽の指示を、様々な楽器へと振り分けてゆくこと(第2章参照)。 

 

ピッチ 

音楽面での、音の高低。 

 

ポリフォニー 

複数のメロディが一斉に演奏されること(第2章参照)。 

 

ラグ 

ラグタイムの形式で作られた曲。 

 

ラギング 

行進曲、舞踏曲のメロディとリズムに、シンコペーションなどの変化をつけること。ラグタイムの形式を持つ作品に見られるように、予め楽譜に書くこともあれば、初期のニューオーリンズジャズの演奏に見られるように、インプロバイズすることで行うこともある(第3章参照)。 

 

ラグタイム 

シンコペーション等のラギングの変化が持つ効果を採り入れた、アメリカ生まれの作曲スタイル(第3章)。 

 

音域 

歌声や楽器が出せる音の範囲(第3章参照)。音域の呼び名で一番よく知られているのは、高い方から順に、ソプラノ、アルト、テナー、バリトン、一番低いのがバス。 

 

休符 

楽器、あるいは合奏体が、演奏音を出さない、「間」(ま)の部分(第1章)。 

 

リズム 

一定の法則性を持つ音の動き方。音楽の最も基本となる要素(第1章参照)。 

 

リフ 

ジャズの演奏において、繰り返されるフレーズのこと(第2章、第3章参照)。 

 

ソナタ形式 

クラシック音楽の形式の一つで、三部形式であり、規模は大きめ。最初の部分は「主題提示部」といって、ここでは、メロディとリズムの「登場人物達」が全て紹介される。音楽の進行は、最初の調(それに乗って演奏される主題群)から次の調(それに乗って演奏される、その他の主題群)へと進む。二番目の部分は「展開部」とって、曲がヒートアップしてくることに合わせて、全ての主題が放り投げられ、ひっくり返され、ひねられることで、様々な形と調へと変えられてゆく。三番目は「再現部」。「主題提示部」に登場した主題群へと戻ってゆくものの、最初の部分の時のように調の変化はなく、「最初の調」で、すべて演奏される(第2章参照)。 

 

ソウル(魂) 

聴衆に喜んでもらおうと、心の温かさと表情の豊かさをつけて演奏すること(第1章参照)。 

 

フレーズの区切り 

行進曲、ラグの中に在る部分の一つのことで、大抵は16若しくは32小節の長さを持つ(第3章参照)。曲の中央部にあるフレーズの区切りひとつ、あるいは二つのことを、大抵は「トリオ」という。 

 

スウィング 

ジャズの根本となる基本リズム。通常、ベースが「さっそうと歩き」、シンバルが「スイスイと走行する」ことで表現される(第1章参照)。 

 

シンコペーション 

不意打ち、通常、リズムの面での不意打ち。例えば「え?!」と思わせるような所にアクセントをつけること(第1章参照)。 

 

テールゲート 

トロンボーンがジャズを演奏する時の奏法の一つで、音を滑らせることを際立たせる(第3章参照)。 

 

テンポ 

リズムの速さ(速い、とか、遅い、とかいう)(第1章参照) 

 

変奏曲 

旋律にしろ、リズムにしろ、伴奏にしろ、大元の形を変えることなく、演奏を繰り返してゆくたびに、何かしらの変化が加えられてゆくこと(第2章参照)。 

 

32小節形式 

楽曲形式の一つで、32小節を、四つの部分に、均等に八小節ずつ分けたもの。最初と、二つ目と、そして最後の部分は、普通は内容が似たようなものとなっていて、「A」の記号が付けられる。三つ目(ブリッジ)は、何かしら他の三つとは異なる旋律が含まれていて、「B」とも言われる。そんな訳で、この形式は、別名AABA形式とも言われる(第2章参照)。 

 

三和音 

ある調の音階から、三つを、一つ飛ばしに連続して集めてコードにしたもの。例えば「ド-ミ-ソ」の和音。「三和音」は、その調の2や3、4・・・に合わせて、記号がふられる。ハ調の場合、「ド-ミ-ソ」は1の和音、「レ-ファ-ラ」は2の和音、「ファ-ラ-ド」は4、「ソ-シ-レ」は5、となる。 

 

トリオ 

行進曲、ラグの真ん中になる部分、あるいはフレーズの区切りのことで、通常、その曲のメインとなる調とは異なる調で演奏される(第3章参照)。 

 

 

 

テンポおよび表現記号 

 

音楽用語の中でも、テンポ、あるいは雰囲気に関するものや、その音符の奏法についての指示を表したものを、いくつか紹介します。 

 

accelerandoアチェルランド:スピードを上げてゆく 

adagioアダージョ:ゆっくり 

alla marciaアラ・マルチア:行進曲のテンポで 

allegroアレグロ:速く 

andanteアンダンテ:速過ぎず 

balzandoバルツァンド:弾むように 

col legnoコル・レーニョ:弦楽器を、弓の背(木の部分)で弾く 

crescendoクレッシェンド:大きな音にしてゆく 

decrescendoデクレッシェンド:小さな音にしてゆく 

forteフォルテ:大きく 

largoラルゴ:うんとゆっくり 

lentoレント:ゆっくり 

menoメノ:(マイナス方向に)やや~気味に 

moderatoモデラート:程よく速さを感じて 

moltoモルト:思いっきり 

molto pianoモルトピアノ:小さく(音量) 

piuピウ:もっと更に 

pizzicatoピチカート:弦楽器を、指で弦を弾いて弾く 

pocoポコ:少々 

precipitandoプレチピタンド:突進してゆくように 

prestoプレスト:うんと速く 

ritardandoリタルダンド:スピードを落としてゆく 

saltandoサルタンド:ジャンプする 

sforzandoスフォルツァンド:鋭くアクセントをつける 

sollecitandoソレチタンド:くすぐるように 

sospirandoソスピランド:ため息をつくように 

sussurandoスッスランド:囁くように 

tuttiテュティ:全員 

vivaceヴィヴァーチェ:生き生きと 

volanteヴォランテ:飛ぶように 

 

 

 

あとがき 

 

この本は、「マルサリス・オン・ミュージック」(ソニークラシカルフィルム&ビデオ)というテレビ番組のシリーズを基に作られました。この企画にご尽力くださいました、ソニークラシカルの皆様に感謝申し上げます。特に、ピーター・ゲルプ社長、この番組シリーズのエグゼクティブプロデューサーとして、「マルサリス・オン・ミュージック」の制作にあたり、僕と一緒に多くのステージを通じて、巧みにリードしてくださいました。そしてゲルプ社長と共にエグゼクティブプロデューサーを務めてくださったパット・ジャフィと、アソシエイトプロデューサーのアシュリー・ホピン。二人は番組シリーズ制作に力を尽くしてくださり、そして、この本については、CD制作を含め、多くの素材収集をしてくださいました。そして同じく、ジョージ・ツィピン、スティーブ・エプスティン、ギャレイ・シュルツ、ジョン・タヴェナー、そしてジョー・ディタントといった皆様にも、感謝申し上げます。 

 

この企画の初めから終わりまで、マネージメント・アーク社のエド・アンデルにも特にお礼を申し上げます。 

 

出版社のW.W.ノートン社では、制作マネージャーのアンドリュー・マレーシア、本当に短い日程で多くをこなしていただき、出版にこぎつけました。それから、アートディレクターのデブラ・モートン・ホイト、お二人に感謝申し上げます。 

 

更には、ベス・トロンドー、この本のデザインを活気あふれるモノにしてくれました。そして、フランク・ステュワート、番組収録中のミュージシャン達と観覧してくれた子供達との触れ合いのシーンを写真に収めてくれました。お二人に感謝申し上げます。 

 

資料収集調査に協力してくれました、カレン・バーンスタイン、ロン・カルボ、デビッド・グレイソン、そしてボブ・サディン、そして、ブルース・カー、キャロルミュージック社、エリス・マルサリス、エリック・リード、フィル・スコップ、ボブ・ステュワート、ミッチェル・ホイワイト博士、それから番組スポンサーのテキサコ社、皆様にもお礼を申し上げます。 

 

最後となってしまいましたが、何と言っても、僕と一緒に子供達へ音楽の手ほどきに力を貸してくれた、小澤征爾ヨーヨー・マ、番組に参加してくれた全てのミュージシャン達に感謝申し上げます。 

 

ロメール・ベアデンとステュワート・デイビスについて 

アメリカの芸術家(絵画)である、この二人の作品。 

 

この本のいたるところに掲載されています(詳細は挿入画一覧参照)が、二人が生涯をかけて、様々なアメリカの文化と関わりを持ってきたことが、作品によく表れています。その中には、アメリカ特有の音楽も含まれています。ロメール・ベアデン(1911年生-1988年没)は、よくジャズやブルースのシーンを絵に盛り込んでいます。それはベアデンのコラージュ作品集「オブ・ザ・ブルース」(1974年)や「プロフィール/パートⅡ 1930年代」にも見受けられます。作品は、この本にも掲載されています。それから、ステュアート・デイビスは、次のような言葉を遺しています。 

 

ジャズは、私が創作活動を始めたばかりの頃から、私の作品が生まれるためのインスピレーションの源であり続けている。理由は単純。ジャズはアメリカが生んだ芸術だからだ。最高の現代絵画の中に見出せる品質と、全く互角のそれが含まれている、と私は思っているからだ。 

 

挿入画一覧 

 

下記以外の写真撮影及び著作権:フランク・ステュワート 

 

写真(p.21, p.71, p.83, p.142, p.147, p.15)・挿入画(p.99) 

提供:ペットマンアーカイブ 

 

写真(p.17, p.47, p.76, p.100, p.145, p.148, p.153, p.154, p.155) 

提供:ドリッグスコレクション 

 

写真(p.95) 提供:ワーダーコレクション 

 

絵、コラージュ(p.12, p.14, p.15[上部], p.16, p.52, p.53, p.54, p.80, p.104, p.119, p.139) 

作:ロメール・ベアデン(著作権 1994年:ロメール・ベアデン所蔵) 

 

絵(p.15[下部], p.43, p.46, p.82, p.158, p.159, p.160, p.161) 

作:ステュアート・デイビス著作権 1994年:ステュアート・デイビス ニューヨーク市、VAGA) 

 

絵(p.81)作:パブロ・ピカソ著作権 1994年:パブロ・ピカソ ニューヨーク市 ARS、パリ市スパデム) 

 

くるみ割り人形組曲デューク・エリントン/ビリー・ストレイホーン編曲) 

スコア抜粋(p.49[下部]) 著作権 1978年 テンポミュージック、フェイマスミュージック 

再掲許可取得済 

 

古典交響曲(セルゲイ・プロコフィエフ作曲) 

スコア抜粋(p.60, p.62, p.63, p.69) 

著作権 1926年:ルッセ・ド・ムジーク、ブージー&ホークス 

再掲許可取得済 

 

アイ・ガット・リズム(ジョージ・ガーシュウィン作曲 アイラ・ガーシュウィン作詞) 

スコア抜粋(p.74) 

著作権 1930年 ワーナーブラザーズミュージック 

使用許可取得済